思わぬ決着!
熱くなって来ました!
季節は冬ですけどね……
6ラウンド……
将士は頭を振って前に出て行く。しっかりと左ジャブを放ち、自分から攻めて行く。
対する哲男だが、こちらは距離を取り左ジャブを放ちながら将士を中心にサークリングしていく。2人のダメージは五分五分だと感じる。
4ラウンドの攻防の種明かしを少ししておく。
先にダウンした将士だが、思った程にダメージは無かった。しかし、ここで将士は駆け引きをした。自分にダメージが有ると分かれば、哲男が距離を詰めると踏んだのである。そして、その駆け引きは見事に将士の思惑通りとなった。
対する哲男のダウンだが、最後の一瞬、哲男は将士の狙いを理解した。その為に将士のパンチのインパクトの瞬間、自らダウンとなるように飛んで最小限のダメージで抑えたのである。将士が己の拳を見詰めた理由も納得である。
パンチを貰う事さえ自身の攻撃に繋げ、ダウンさえも自分の強みに変えていく2人。この試合で2人は間違いなく成長していた。
6ラウンドも中盤を迎えるが、構図は変わらない。追う将士と距離を取る哲男、どちらが優勢かと言われても難しい攻防が続いている。
不意に将士がスイッチした。哲男の懐に飛び込んだ時にはサウスポーに構えており、そのまま左のショートアッパーを放った。
首を捻る哲男だが、威力半減が精一杯である。哲男はダウンこそしなかったが、2·3歩後退した。
一気に間合いを詰める将士。ガードを固める哲男のガードの上から自分の拳を叩きつけた。そのまま前進する将士、哲男はコーナーに追い込まれた。少し腰が落ちた哲男、そのまま一気に将士が攻め切るかに思えた瞬間、
[ズドン]
頭が跳ね上がったのは将士の方である。将士はふらふらと後退する。哲男はそのまま将士に向かって行くのだが、将士の鋭い眼光が哲男を捉える。その眼光に哲男は前に出るのを躊躇った。その時にゴングが鳴った。
青コーナー……
「あの野郎……俺のパンチを……」
「ガゼルパンチ……忘れてた……」
「大丈夫ですよ。まだまだいけますから!ここから勝負です!」
「将士君、その通りだよ。気持ちを強くね」
「はい!」
将士の心は折れていない。
赤コーナー……
「詰められなかったな?」
「あの瞬間……背筋がゾクッとしました」
「それでも……」
「勿論、勝つのは俺です!」
「哲男、気を抜くなよ」
「会長、勝ってから抜くつもりですよ!」
哲男の闘志も萎えていない。
7ラウンド……
将士は前に出て行く。哲男は距離を取って行く。変わらない立ち上がりだが、動きが随分変わって来ている。
あれだけ苦しめられたフリッカーを将士は苦にせず避けて行く。当たり前の様に哲男の懐に飛び込んで行く。
対する哲男だが、将士が懐に飛び込んでもクリーンヒットを貰わない。猛牛を避ける闘牛士の様に、華麗に将士のパンチを避けて距離を作っていく。更に1段、2人のレベルは上がった様である。
この2人の戦いに誰もが言葉を失っていた2分過ぎ、事は起こった。
哲男のフリッカーを掻い潜った将士、そのままスイッチしてサウスポーになっていた。
対する哲男だが、次の瞬間には半歩下がっていた。哲男の下がる事と同時に将士は右足を下げた。オーソドックスに構え、その距離は正に「スマッシュ」の距離である。将士はそのまま左手を下げた。そのタイミングで哲男は距離を詰めた。哲男が将士を誘ったのである。距離を詰めた哲男、そのまま左ショートフックを放った。
この動作に将士は反応した。下げた左手を軽く上げ、そのまま左のショートアッパーを放ったのである。
次の瞬間、
[ガツン]
嫌な音と共に2人の頭が弾ける。拳より先に、お互いの頭がぶつかったのである。弾けた頭を戻した2人、左目の上から多量の出血が見られた。
「ストップ」
レフェリーは試合を止め、それぞれの出血をドクターにチェックして貰った。
最初に哲男の傷を確認し、その後に将士の傷を確認する。その後暫く、レフェリーとドクターの話が続いた。話が終わったと思った時、レフェリーは両手を何度も交差させた。
「はぁ?」
「何してんの?」
将士も哲男も理解出来ていないが、2人の傷はかなり深い物でありドクターは試合続行不可能と判断したのである。ここでまさかの試合終了となった。
偶然のバッティングによる試合中断ではあるが、7ラウンドまで試合は続いていた為に7ラウンドまでの採点によって勝敗を決する事となった。
リング中央に歩み寄る2人、表情はお互いに納得している物ではない。アナウンスが入る。
「採点結果を発表します。65-64、65-64、66-63以上2-1を持ちまして勝者……赤コーナー、菅原哲男~」
レフェリーは哲男の左手を挙げるが、哲男は何度も頭を振って将士の元に行った。
「納得出来ん。もう1度だ!」
「僕が勝ってた!必ず証明してやる!」
試合が終わったというのに、2人は早くも火花を散らしていた。そんな2人をお互いのセコンド陣が引き離し、そのまま控え室へと連れて行った。当然、本日の勝利者インタビューは無しである。
シャワーを浴びた2人、軽く左瞼の処置をして貰い帰路に着いた。出口で2人は顔を合わせたのだが、
「勝ったのは僕だよ!」
「俺も勝ったとは思っていない」
1言だけ言葉を交わし、そのまま別れた。
将士が帰っている後ろから、篠原会長が声を掛けて来た。
「……納得、いかないかい?」
「絶対に僕が勝ってました!」
「うんうん、それでいい。負けを認めたら、そこでボクサーは終わりだよ」
「……絶対認めません!必ずやり返します!」
「それでいい、それでいいよ……将士君、今度は覚悟を上げて挑戦しよう」
「覚悟?」
「君も20代後半になる……練習した物が出なければ引退……そういった覚悟が必要な時期になってるのさ」
「引退ですか……まぁ、いつかはそうなりますからね。ならば、僕のボクシング人生を賭けて再起します!」
「うんうん、挑戦しよう」
試合終了したばかりだというのに、早くも次の戦いを見据えている。
哲男の歩く後ろから、石谷トレーナーが声を掛けた。
「どうだ?」
「……素直に、運が良かったと……」
「分かってればいいさ。しかし、その運も必要なのさ」
「それでも……」
「言わなくてもいい。分かってれば充分さ……向こうは死ぬ気で強くなる。お前も……」
「分かってます!俺も将士以上に……」
「それでいい……しかし、その前に右拳を直せよ」
「!?……分かってましたか?」
「折れてんだろ?」
「多分……」
「なら、まずは基礎トレーニングからだな」
「はい、必ず決着を着けます!」
「おう、それでいい」
こちらも、既に次の試合を視野に入れている。
熱い戦いはまさかの決着となった。お互いに不完全燃焼だろう。しかし、この結果がこれからもこの2人を強くしていく。そんな事を思える様な夜であった。
意外な決着……
しかし、この結果が次にきっと繋がる!