まさかの出会い!
何をするにもきっかけは有りますね!
夕陽が差す時間、色々な人が忙しく動いている。ここは関東から少し離れた場所、福島のとある所である。
「オラ、もう1発!」
「俺も1発!」
「まだまだだからな!」
川の近くの丘の下、数人の男が1人の男を殴ったり蹴ったりしていた。学生服を着ている所を見ると、どうやら高校生の様である。いわゆるイジメだろうか。
「もう辞めてよ」
「サンドバッグは話すなよ!」
「黙って殴られればいいんだよ!」
「まだまだ続くからな!」
なんとも、酷い光景である。そこへ、1人の男が近付いて来た。
「お取り込み中悪いんだが、それは正々堂々じゃないな?」
「何だおっさん?お前もやっちまうぞ?」
「妙な正義感は辞めた方がいいぞ?」
「やられるだけだぞ?」
「……やられる?……俺が?……あっはっはっはっは、それは無い無い、お前等大丈夫か?」
『何だとおっさん?』
先程まで同じ学生服の男を殴っていた男達、全部で5人居るのだが、全員が声を掛けた男に突っ掛かって行った。
少しの間だった。5人の学生達は、その男に蹴り上げられながら吹っ飛んで行った。
「歯応えねぇな~、弱い奴が意気がってるのは嫌いなんだよね~……さて、もう少し痛い目見る?」
その男が睨むと、5人の学生は逃げて行った。
「さて……やる方もやる方だけど、やられる方も抵抗しないとな?」
「……それは、出来る人の言葉でしょ!僕は弱いから、過ぎるのを待つのが得策なんだ!」
「……話が通じない相手ってのは、時には実力行使も必要だぞ?」
「だからって、僕がやれると思うの?」
「やれるかやれないかは、お前次第じゃねぇのか?」
「……助けて貰ったのはありがとうございます……一応、お礼だけは言っておきます……じゃあ……」
「ちょっと待て!…実はここに行きたいんだが、俺は場所がよく分からねぇ……知らんか?」
男は地図を見せて来た。
「……スマホで探せば?」
「スマホ、苦手なんだよ……」
「地図見て分からないの?」
「分かってたら、ここには居ないと思わないか?」
「……何処かは大体分かったけど……」
「そうか!…なら、道案内よろしくな!恩は返す物だからな!」
「強引だな~……」
「所で、お前の名前は何だ?……俺は喜多猛、よろしくな!」
「僕は……中台将士……別に、よろしくはされないです」
「そう言うな、とりあえずは道案内お願いな!」
将士は喜多を目的の場所まで送り届ける事にした。
この出会いが、将士のこれからを大きく変える事になる。将士の人生は大きく変わる事になるのだが、それは今正にここからである。
将士は喜多の持っている地図を見ながら、目的の場所に着いた。[天川ボクシングジム]という看板が掛けられており、少し大きめの平屋であった。
「……ボクシングジムですか……」
「おう、ここに用事が有ったんだ……入ろうぜ!」
「え?ちょ、ちょっと……」
喜多は将士の腕を引っ張り、無理矢理ジムの中に入って行った。
「こんちは~、喜多で~す」
「おお、喜多君!…いや~、遠い所悪いね!」
「いやいや、俺達のジムはまだまだ始まったばかりだし、大丈夫ですよ……今日から暫くお願いします、天川会長」
「こちらこそ……おや?……そっちの子は?」
「こいつですか?…こいつは将士、俺をここまで案内してくれたんです」
「案内?……その割に、大分傷が……」
「転んだだけです」
「そう……折角来たんだから、喜多君のスパーリングでも見て行ったら?……喜多君、アップしといてね!」
「は~い、怒られない様に頑張りま~す」
喜多は更衣室に行き着替えて出て来ると、すぐに身体を動かし始めた。
「あの~……喜多さんてボクサーなんですか?」
「……知らないの?……少し違うかな~……元ボクサーだね」
「元ですか……へ~……」
「……よく見とくといいよ、滅多に見られる物じゃないからね」
天川会長は立ち上がると、リングの横に移動した。
「さて、喜多君大丈夫?」
「はい、OKです」
「大橋、用意いいか?」
「はい!」
「よし、スパーリング3ラウンドだ」
大橋と言われた天川ジムのボクサーは、ヘッドギアをして準備万端であり、喜多はヘッドギア無しでマウスピースをしてグローブを着けてリングに上がった。
そんな2人を見詰める将士、
(元だもんな~、たかが知れてるよな~……ボクシングのグローブ、実物は意外に大きいな……)
何となく、リングに視線を送った。
「よし、始めるぞ」
[カーン]
天川会長の掛け声と共に、スパーリングのゴングが鳴った。
喜多vs大橋、スパーリング……
1ラウンド、喜多は左ジャブを放ちながら左に回って行く。基本通りの動きでは有るが、スピードが凄い。左ジャブを当てると、すぐにその場所には居ない。常に動いており、打ち終わりを狙われない様にしている。流れる様な動きから、華麗に攻撃をしている。
対する大橋だが、こちらはガードを上げて低い姿勢で前に出ている。喜多のジャブを掻い潜ろうと何度か試みるが、喜多のジャブの切れとスピードが凄く、喜多のジャブを何発も貰っている。
大橋が強引に前に出た瞬間、喜多の右ストレートが大橋を捉えた。
「馬鹿!」
天川会長の声が響いた。
喜多の右ストレートを貰い仰け反る大橋、喜多はそれを見逃さない。一気に距離を縮め、ボディからコンビネーションを繋げて大橋の顔面に左フックを打ち込んだ。打ち終わりには、すぐに距離を取って左ジャブから試合を組み立てている。大橋を全く寄せ付けない。
このスパーリングだが、ここから更に一方的となる。大橋の前に出るタイミングで喜多は右ストレートを打ち込み、大橋が離れれば自分から距離を詰めて連打する。大橋が何かしようとすれば、すぐに距離を取ってアウトボクシングに徹する。大橋としては打つ手がない。
この後も同様の流れでスパーリングが進み、終始大橋が打ち込まれて終了となった。大橋は肩で息をしているが、喜多は涼しい顔をしている。喜多の実力が垣間見れた瞬間である。
リングを降りて来た喜多、
「流石は喜多君、やっぱり凄いな」
「いやいや、俺は引退した身ですから」
「そんな事はないよ、勉強になったと思うよ」
「……手塚の方が良かったんじゃないですか?」
「手塚君ね~……選手が壊されちゃうよ!」
「……有り得る……あいつ、馬鹿だからな……将士、どうした?…びっくりした様な顔して?」
「あ、あ、あの……喜多さんて強いんですね……」
「喜多君は元世界チャンピオンだったからね!今も練習は続けてる様だし、彼は18戦18勝で世界チャンピオンのまま引退したんだ!」
「……天川会長、昔の事ですよ」
「凄い……喜多さん、凄かったんですね?」
「お?そうか?……ちょっといい気分だな?……セブンイレブン、いい気分……ってな!」
「……悪乗りは変わらないね……川上ジムの伝統かい?」
「いや、池本さんからの伝統です!」
この日、将士は元世界チャンピオンのスパーリングを目の当たりにした。素人の目でも分かる様に、喜多のレベルは天川ジムのボクサー達よりかなり高い。少なくとも、将士には衝撃的ではあった様である。
なかなか衝撃的だった様です。