10_秘密の計画と協力者
茫然とする南斗を作業場の椅子にもう一度座らせると博士が昴を振り返った。
「昴、お願いしていた髪の毛はあったかい?」
その言葉に昴はうなずくと、鞄の中から自分の髪の毛の入った袋を取り出して博士に手渡した。
「ありがとう。これだけあれば十分だ」
「髪の毛で何をしようってんだ?」
「ちょっと待っていてね」
トンボの言葉にそう答えると博士は作業場の奥に行き、そこから二段の台車を押して戻ってきた。
台車の上の段には銀色の小銃が、下の段には大振りのアタッシュケースのようなものが置かれている。
「昴、トンボ、君たちは白銀の流れ星についてどこまで知っている?」
「詳しいことは何も。ただ、淡路さんにお会いしました。それと、羽白さんという方から、鴇色の流れ星を砕いたのは私だと言われました。その時の記憶が私にはないのですが、『打ち倒す者』と呟いていたと。それと、P-8517に伝わる話で死後の世界を司る神様の使いに目から光を放つ白い使いの話があったと」
昴の言葉に博士が苦笑いする。
「詳しいことは何も、どころか、ほとんど知っているようなものじゃないか。僕が言い足さないといけないのは、それが全て真実だということくらいかな」
「どういうことですか?」
「『裁きの天使』については聞いたことがあるよね?」
「かつて地上を焼き尽くしたっていうあれか?」
「私が知っているのもそれですが。って、まさか!」
「えっ! 嘘だろ!」
信じられないといった顔をする昴とトンボに博士がうなずく。
「白銀の流れ星を宿したアンドロイド。それが裁きの天使の正体さ」
「じゃあ、鴇色の流れ星を壊したあの力は?」
「そう、裁きの天使の力だよ。白銀の流れ星の別名は、無に還す流れ星、だ」
「私が裁きの天使……」
茫然とする昴とトンボに博士が続ける。
「驚かせてごめん。信じられない気持ちもあると思う。本当なら昴とトンボの気持ちが落ち着くまで側で待っていたいんだけど、時間がないんだ」
その言葉にハッとした昴が慌ててうなずく。
「もちろんです。今は、今すべきことを優先しましょう」
「ありがとう。ごめんね」
博士は一瞬顔を歪めた後で、台車の上の小銃を手に取る。
「この小銃にはすでに透明の流れ星が組み込んである。ここに昴の髪の毛を組み入れるんだ。白銀の流れ星の力を増幅させて、『真実の天秤』を打ち砕く」
「なるほど。んで、その下のアタッシュケースみたいなやつは?」
小銃を台車に戻した博士が今度は鞄を持ち上げる。
と言ってもなかなかの重量があるようで、両手で抱えるようにしないと持てないようだった。
「これは僕が作った楽園製造機さ」
「「えっ?」」
その言葉に昴とトンボが驚きの声を上げる。
椅子に座ったまま茫然としていた南斗の目もキッと博士に向かう。
「そんな、だって!」
「おい、どういうことだよ!」
抗議の声を上げる昴とトンボにアタッシュケースを作業台に置いた博士が慌てて手を振る。
「待って、待って! 違うから! 真実の天秤みたいに恐ろしい物じゃないから!」
そう言って博士が作業台に置いたアタッシュケースを開く。
そこには色とりどりの石がはめ込まれており、一か所だけ空洞が残っていた。
中には昴とトンボにも見覚えのある石が入っている。
「この石ってまさか……」
「そう、流れ星さ。流れ星には特殊な力が秘められている。その力を組み合わせて、楽園を新たに作るのさ」
「なるほど、一つ一つの力じゃ無理だけど、数を集めりゃってことか」
「この空いている場所は?」
トンボの言葉に、なるほど、と昴もうなずきながら、一か所だけの空洞を指さす。
「そこに金色の流れ星を入れるのさ」
「「金色の流れ星?」」
「そう、金色の流れ星の別名は太陽の流れ星」
「太陽ってあの?」
「本当かよ。そんな話」
疑わし気な顔でたずねる昴にトンボがうなずく。
太陽。それは伝説の存在。
地上の遥か上、空高くに存在し、たった一つで地上の全てを照らしたという唯一にして絶対の星。
太陽の尽きることのない無限のエネルギーは地上を緑で溢れさせ、人間はそれを活用し様々な装置の原動力にしたという。
「太陽って本当に存在したんですか?」
「伝わる間にどんどん話が盛られただけってヤツじゃねぇの?」
「いや、僕が調べた限り、地上にはかつて太陽が存在した。そして、その名を冠する流れ星なら原動力として申し分ないはずだよ」
「はずって、博士はその金色の流れ星を見たことは?」
「ない!」
きっぱりと答える博士に昴とトンボが、ガクッとこける。
「でも、ある場所はわかってるんだ。『太陽の神殿』の地下にある宝物庫。トンボも確認してご覧。太陽の神殿の座標はこれだよ」
博士から告げられた座標にトンボが息を飲む。
「どうなんですか?」
「確かに金色の流れ星の座標は太陽の神殿とやらと同じだ」
トンボの言葉に驚く昴に、どうだ、と博士が胸を張る。
「……無理よ」
ずっと黙ったままだった南斗が俯いたままで呟く。
「「えっ?」」
驚いて南斗を見つめる昴とトンボに南斗が続ける。
「太陽の神殿の警備は半端じゃない。しかも地下の宝物庫なんて。蟻どころか、砂粒一つ入りこむ隙もないわよ」
「そうなんですか?」
「この町に住んでいればそんなの常識よ。太陽の神殿に忍び込もうなんて、だったら楽園に忍び込む方が簡単よ。しかも、そこから何か持ち出そうなんて、正気の沙汰じゃないわ」
南斗の言葉に昴とトンボが茫然とする。
しかし、博士はニヤリと笑って見せた。
「だから忍び込む隙を作るのさ」
「はぁ? 無理に決まってるでしょ。どうやって?」
「真実の天秤を太陽の神殿に運び込んだ。改良のために太陽の神殿の資料が必要と言ってね」
「どういうことですか?」
「まさか」
博士の言葉に昴が首を傾げる一方で、南斗が目を丸くする。
「その、まさか、さ。運び込まれた真実の天秤を僕が破壊する。太陽の神殿はきっと大騒ぎ。その騒ぎに乗じて」
「おい、ちょっと待て」
「昴、トンボ、君たちが宝物庫から金色の流れ星を持ち出すんだ」
「そんなことしたら、あんた、無事でいられないわよ」
南斗の言葉に博士がフッと笑う。
「大丈夫。金色の流れ星をはめ込めさえすれば、後は昴とトンボで使えるはずだ」
「博士!」
「冗談だろ! そんなのごめんだぜ!」
博士の言葉に昴とトンボが声を上げる。
「ごめん。最後まで迷惑かけて。でも、本当にこれが最後のお願いだから。僕に自分の後始末をさせて欲しいんだ」
その言葉に昴とトンボが言葉を失う。
「……あたしが行くわ」
三人の様子を眺めていた南斗がポツリを呟く。
「昴とトンボじゃ無理よ。こいつらのどんくささはあたしが一番よくわかってる」
「「南斗!」」
「いいのかい? 危険な賭けだよ」
博士が静かに南斗にたずねる。
「わかってる。言っておくけど、博士、あんたの為なんかじゃないから。雨夜のかたき、打ちたいだけだから」
博士とは目を合わさずに答える南斗に、博士は、ありがとう、と頭を下げた。
裁きの天使はエジプト神話のとある神様がモチーフです。
白くて、目からビームがでて…という神様なのですが、その神様の存在を知った時にこの物語を思いつきました。
最初は昴の目からビームがたくさん出る予定だったのですが、一回しかでませんでした。
ちなみにその一回は鴇色の流れ星の時だったりします。