9_楽園の真実と博士の決意
「こんにちは~」
「あら、いらっしゃい」
博士に連れられて入ったのは大通りに面した雑貨屋。
可愛らしい小物やアクセサリー、文房具の並ぶ店内に幸い客の姿はなく、場違いな一行は人目につかずにすんだ。
怪訝な顔をする昴たちを無視して、博士は店主と思しき女性に挨拶をするとカウンターの奥へと入っていく。
「博士、ここは?」
「う~ん、別荘みたいなもの? まぁ、ついておいで」
そう言って、博士は更に奥へと進んでいく。
と、目の前に地下に繋がる階段が現れた。
「これは!」
階段の先は作業場だった。
所狭しと散らかった工具や機械、作業台の上はもちろん、足元にまでパーツが転がっている。
「片付ける奴がいないとこうなるんだな」
作業場の惨状にトンボが呆れたような声を上げる。
「ここは僕一人だからねぇ」
「ちょっと待ちなさいよ! 『楽園』の話は? 雨夜はどこに行ったのよ!」
のほほんと答えていた博士に南斗が噛みつく。
その様子に博士の顔が真面目なものに変わる。
「とりあえず、座ってよ」
ガラクタの中から椅子を探し出した博士が座るように進める。
おずおずと座った昴と南斗。トンボは近くの作業台に降り立った。
それを確認すると博士が徐に口を開いた。
「改めて僕の自己紹介から。南斗も知っているのかもしれないけど、僕は『仮称楽園計画』楽園府所属、カーネリアン。『真実の天秤』の製作者だ」
「噓でしょ。楽園府の人間が地下なんかにいるわけ」
想像の斜め上を行く博士の素性に南斗が絶句する。
昴からある程度の事情は聞いていたものの、役人と言うからてっきり管理局の人間かと思っていたのだ。
無理もない。地下の人間が仮称楽園計画の役人を見る機会など、特別な式典の時くらいだ。
それでもジャスパーが所属する地下管理部がせいぜい。
純白のカソックを纏う楽園府の人間は文字通り雲の上、地上に住まう人々のはずだ。
それが、こんな地下の薄暗い作用場で自分の目の前にいるなんて想像する方が難しい。
「残念ながら本当なんだよ」
ありえないと全身で示す南斗に博士が答える。
「さて、楽園を支える重要な装置、それが真実の天秤。これは知っているよね?」
その言葉にその場の全員がうなずく。
「地上に人間が生活可能な空間を作り出す奇跡の装置、よね?」
「その通り。じゃあ、その原動力が何か知っている?」
博士の言葉に全員が首を傾げる。
真実の天秤だって話にしか聞いたことのない代物だ。その原動力なんて知る由もない。
「人間だよ」
続いた博士の言葉に昴たちは凍り付いた。
「さっきは製作者と言ってしまったけど、正確には僕がしたことは真実の天秤の設計図を読み解き、書かれたままに作っただけ。設計図そのものは遥か昔のご先祖様たちが残した、いわゆる遺物ってやつだったんだ」
「へぇ……」
そうは言われてもいまいち理解しきれない南斗があいまいな相槌を打つ。
「まぁ、細かいことは置いておいて、かつて、愚かな僕が最初に真実の天秤の起動スイッチを入れてしまった時、ちょうど人ひとり分くらいの空間ができた」
「空間?」
「そう、薄い光の膜に囲まれた空間。調べていくうちにその膜があらゆる有害物質をはじき返すことがわかった」
「すげぇな」
「そう、すごいよね。そこで、とある研究者がふと思いついたのさ。この空間を地上でどこまでも広げれば人間がすめるのではないか、ってね」
そう言って博士は自嘲気味に笑った。
「確かに広がった空間の中は清浄で、人間が十分に暮らせるものだった。研究者たちは歓喜した。これでまた地上で暮らせるってね。でも、うまい話には落とし穴がある。そんなものだろ? 真実の天秤はすぐに燃料切れをおこしたのさ。そこで諦めればよかったのに、人間ってのは一度手に入ると思ってしまうと駄目なものだね。奴らはこの装置の燃料を探しまくった」
「まさか」
続く言葉に予想が付いた昴が震える声で博士にたずねる。
その姿に博士はうなずいた。
「そう。人間の執念とはすごいね。奴らは燃料を見つけてしまった。真実の天秤の燃料は人間。正確には人間の思いだったんだ」
「まさか、雨夜が?」
「楽園への招待状ってあるだろう? 楽園に住む条件も? あんなの全部嘘っぱちさ。招待状は仮称楽園計画の役人どもがランダムに出しているだけ。他の条件だって、来てくれれば誰でも大歓迎さ。だって、燃料はいくらあっても足りないからね」
「そんな……」
南斗が信じたくないと首を横に振る。
「楽園にはまだ誰も住んでいない。奴らは自分たちのお城をより快適なものにするのに躍起で、肝心の誰が住むかを決めきれずにいるんだ」
博士が苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言った後、一転して真剣な顔で南斗に頭を下げた。
「申し訳ない。謝って済む話ではないのは十分承知している。おそらく雨夜さんは……」
「あんたが作ったのよね? 真実の天秤だか、なんだか知らないけど、何してくれたのよ! 雨夜を返しなさいよ! 早く返してよ!」
「本当にすまない」
「なんでよ! 楽園はいいところだって言っていたじゃない! だから、だから、あたし雨夜を説得しちゃったじゃない! あの子、嫌がってたのに! だって、幸せになれると思ったから……」
博士に掴みかかった南斗はそのままその場に崩れ落ちた。
その姿に昴とトンボも何も言えずにいた。二人もこんな事実が隠されているなんて思ってもみなかったのだ。
楽園はその名のとおり、素晴らしい場所で、住むことを許された人間には幸せが約束されていると、ずっとそう言われ続けてきたのだから。
「真実の天秤はあってはいけない物だったんだ。僕はあれを必ず壊す。そんなことで僕の罪が消えるとは思っていない。でも、自分のしたことの落とし前だけはきちんとつけないといけないんだ」
崩れ落ちた南斗の肩を抱き、博士は見えない何かを睨みつけて、そう呟いた。