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8_地域限定有名人と待ち人

「あの特訓は何だったんだ」

「本当ですよ」

「あたしって思いのほか有名だったのね」

 まんざらでもない顔で言う南斗なんしゅすばるとトンボがぐったりとした様子で睨みつける。


 なんのことはない。南斗と雨夜あまいの芸はS-6086ではかなり有名で、検問も南斗の名前をだすとあっさり通してもらえたのだ。

あの地獄のような特訓は一体なんだったのか。


「どうせなら披露したかったよね。折角だし広場で一稼ぎしていく?」

「しません!」「しねぇよ!」

 南斗の言葉に昴とトンボが揃って声を上げる。


「とりあえずこの目立つ格好をなんとかしようぜ」

「そうですね。何日か滞在することになるでしょうし、今回は宿を探しましょう」

「もったいないなぁ」


「もういいですから。それより手ごろな宿を知りませんか?」

「は~い」

 南斗は気のない返事をしつつも宿屋に向かって歩き出す。

その姿にため息をつきながら昴はスクーターを引きながら後に続いた。


「さて、どうすっかな?」

「まずは『太陽の神殿』ですかね?」

 邪魔なリボンと鈴から解放されたトンボの言葉にこれまた衣装を脱ぎ身軽な服装に戻った昴が答える。


「う~ん。この時間だと拝観時間に間に合わないかも」

 ちょうど通りかかった広場の時計をみて南斗が答える。

時間はまだ午後三時を過ぎたあたりだ。


「まだ三時だぜ? そんなに早えのかよ?」

「ここから一時間はかかるからねぇ。確か四時で終わりだったはず」

「仕方ないですね。外からだけでも見ておきましょう。とりあえず場所の確認はしておきたいですし」

「え~。それより、ここで一稼ぎしようよ。結構いけると思うよ」


「ぜってぇ、やらねぇ!」

「えぇ、できれば記憶から消し去りたいくらいです」

 昴とトンボの言葉に南斗が、ちぇっ、とふてくされた顔をしたその時。


「え~。残念だな。折角だから特訓の成果を披露してよ。旅芸人のご一行」

 背後から突然かけられた声に昴たちの間に緊張が走る。


「どなたですかっ! ……って、博士?」

「なんでこんな所にいんだよ?」

「えっ? この人が?」


 おのおのに驚きの声を上げた昴たちの目の前には、ケラケラと笑う博士が立っていた。

もちろん『仮称楽園計画』の制服、純白のカソック、ではなく、町ゆく人たちと変わりない。

漆黒の髪の毛にはかつてトレードマークだった寝ぐせもしっかりとあって、その姿はP-2768で修理屋をやっていた頃を思い出した。


「昴、空色も似合うね。イメチェン? それとも披露してくれる芸と関係があるのかな?」

「イメチェンではありませんし、芸もしません! この髪は洗えば落ちますから! そんなことより、どうしてここに?」

「そうだよ! それに、その格好どうしたんだ? あの無駄に華やかな服はどこいった?」

「ねぇ、ちょっと説明してよ! この人が博士なの?」


 関を切ったように一度に話し始めた昴たちを見て、博士が苦笑する。


「とりあえず、落ち着ける所に行かないかい? そこの東屋なんてどう?」

 広場の中に点在する東屋の一つを指さす博士の言葉に昴たちはうなずいた。


「さて、自己紹介からかな。といってもみんなからは博士と呼ばれているし、僕も本名よりそっちの方が気に入っているから、博士と呼んでくれるかな? 昴とトンボを造った美貌の天才博士にして、P-2768イチの敏腕修理屋、兼、麗しき女医」

「博士、日本語は正しく使いましょうね」

 昴の冷たい声が博士の自己紹介をぶった切る。


「はいはい、要は昴とトンボの同居人ってところかな。ところでお嬢さんは?」

「あたしは南斗。この町のスラム育ちの芸人よ。昴がこの美脚に見惚れて」

「だから、日本語は正しく使えって言ってんだろ!」

 今度は南斗の言葉をトンボがぶった切る。


「彼女は南斗。鴇色の流れ星の件で知り合いました。彼女の言うとおり、この町の生まれということで一緒にきました」

 昴の言葉に博士が、おや? という顔をする。


「それだけの理由でここまで?」

「いえ、実は」


「あのさ。あたしを『楽園』に連れて行ってくれない?」

「おい! 馬鹿! 誰かに聞かれたらどうすんだ!」

「大丈夫。周りに人がいないことくらい確認したって」

 慌てるトンボに南斗が呆れた顔で答える。

確かに中途半端な時間のせいか東屋の周りには昴たち以外誰もいない。広場にも人影はまばらだ。


「昴、どういうことだい?」

 たずねる博士に昴は眉間に皺を寄せながら、今までの事情と南斗の事情について説明した。


「なるほどね」

「すみません。かなり不本意ですが、南斗にはほぼ全てを知られてしまいました」

「まぁ、仕方ないよ。でも……」

 昴とトンボの話を黙って聞いていた博士は、そう言うと一旦言葉をきってうつむく。


「お願い! あたしができることなら何でもするから!」

 詰め寄る南斗に博士が顔を上げる。とても辛そうな顔で。

 

雨夜あまいさんは楽園にはいないよ」

「どういうこと? 博士、雨夜を知ってるの?」

「いや。会ったこともないよ」

「じゃあ、なんで?」

 意味が分からないといった顔の南斗に博士が続ける。


「楽園に住んでいる人間なんていないんだ」

「「「はぁ?」」」

 思いもよらない言葉に南斗以外にも昴とトンボの声も重なる。


「どういうことですか?」

「何よそれ!」

「噓っぱちってことかよ?」


「とりあえず場所を変えようか」

 昴たちの疑問には答えずに博士はそう言って東屋のベンチから立ち上がった。

楽園の秘密とは?が、いよいよ明らかになります!

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