7_まさかの策と地獄の特訓
「うんうん、いい感じ」
「……」
満足そうにうなずく南斗とは対照的に昴は死んだ魚のような目で立ち尽くしている。
どうしてこんなことになっているのか。話は数分前に戻る。
なんでもやるかと聞いてきた南斗に諾と答えた昴とトンボが聞かされたのは、旅芸人としてS-6086に入り込むという案だった。
「無理ですよ! 南斗はともかく私は何もできませんよ!」
南斗はかつて雨夜という少女と二人で歌と踊りを披露して生活をしていたという話は聞いていた、
二人の芸は近隣の町でも多少は名の知れた存在だったとも。
何より南斗の舞の美しさは羽白の診療所で実際に見せてもらって知っている。
確かに普段の南斗からは想像がつかないくらい、神秘的で美しい舞だった。
でも、それを自分たちができるかと言えば、返事は否だ。
実際に見たからこそ言える。とてもじゃないが一朝一夕でどうこうなるものとは思えない。
そういう昴に南斗がチッチッと指を振る。
「もちろん主役はあたし。昴は脇に控えていてくれればいいから」
「でも、衣装もありませんし」
その言葉に南斗がニヤリと笑う。
「実はあるんだよね~。あたしと雨夜の二人分の衣装が」
ジャーンと効果音付きで突き出された南斗の手には、二人分の衣装が握られていた。
それは今まで見た事がないような、なんとも不思議な衣装だった。
上着は筒状の袖がついた白を基調としたもので、ボタンが見当たらない。
袖のふちにはそれぞれに赤と紺色のリボンのようなものが通っている。
下は幅広のズボンのようなもので、上着の袖と合わせてあるのだろう、赤と紺色の布で作られていた。
上着も下もどちらも艶やかな生地で作られているようで、光を柔らかく反射している。
「まさか、それを私に着ろと?」
確かにその衣装を着て舞えばさぞ綺麗だろう。
でも、自分が着るとなれば話は別だ。
髪を切っただけで男と間違えられるような自分だ。
どう考えても、滑稽なものになる未来しか思いつかない。
「大丈夫、大丈夫。あたしに任せて!」
「昴、諦めろ。時間もないし、今はこの案に乗るしかねぇ」
「トンボ、絶対面白がってますよね?」
ジトッとこちらを睨みつける昴の目線から逃げるようにトンボがひらひらと飛ぶ。
そして完成した昴を見て南斗とトンボが、う~ん、と腕組みをする。
トレードマークの黒縁眼鏡を外した昴は銀髪銀眼と艶やかな紺色が相まって、静謐な印象を醸し出していた。
のだが。
「これはこれでいいんだけどさ」
「銀髪と銀の目が目立ちすぎねぇか?」
「そうよねぇ。でも眼鏡のままじゃ、雰囲気もなにもあったものじゃないし」
できれば銀髪銀眼は隠したいところだ。でも眼鏡は避けたい。
ぶつぶつと言いながらリュックサックを探っていた南斗が、これだ、と何か小さな袋を右手に掲げる。
「なんですか? それ」
小袋を片手に不敵なほほ笑みを浮かべる南斗に昴が身じろぎしながらたずねる。
「まぁまぁ、南斗様に任せなさいって!」
「ちょっと! 待ってください! 先に説明を!」
逃げようとする昴を捕まえて小袋の中身を昴の頭に振りかける。
そして、話は冒頭に戻る。
満足そうな顔で自分を見つめる南斗を昴が憮然とした表情で睨み返す。
「一体何をしたんですか?」
憮然とした表情のままたずねる昴に南斗が鏡を差し出す。
鏡に映る自分の姿に昴が目を丸くする。
そこには目の覚めるような空色の髪をした自分がいた。
「ちょっと待ってください! この髪は!」
「大丈夫、大丈夫。洗えば落ちるから。なんでもやるって言ったでしょ?」
軽く答える南斗を昴は死んだ魚のような目で見つめることしかできない。
「へぇ、すごいな。いいぞ、似合うじゃねぇか」
「……」
そう言うトンボを昴が、ジトッ、と睨みつける。目線だけでトンボを叩き落しそうな勢いだ。
「トンボはこっちね」
「はぁ、冗談だろ!」
お気楽に昴を褒めていたトンボに南斗が声をかける。
その言葉にトンボが慌てて頭上高くに逃げようとする。
パシッ
が、一瞬早く南斗の手がトンボを捕まえる。
「嫌だ~。やめろ~」
喚くトンボの声を無視すること数分。
「くくっ、似合いますよ」
「……ふざけんな」
仕返しとばかりに言う昴に憮然とした声でトンボが答える。
そこには南斗と昴の衣装に合わせた赤と紺色のリボンと、金銀の小さな鈴で随分と可愛らしくなったトンボがいた。
少し動くだけで、チリンチリン、と鈴が可憐な音を響かせる。
「まぁ、トンボはトンボってわからなければいいわけだから」
昴のときとは打って変わって南斗も笑いをこらえながらトンボを見つめている。
「おい! どう考えても笑ってるだろ! おかしくねぇか!」
トンボが抗議の声を上げるが、動く度に鈴の音がして笑を誘う。
「ほらほら、ぶつぶつ言ってないでこっち来る! 時間ないよ!」
「「……は~い」
笑をこらえつつ二人を急かすように呼ぶ南斗の声に、昴とトンボはゾンビばりの暗い声で返事をした。
それから数時間。
南斗の地獄の特訓が繰り広げられた。
覚えればいいのは検問で疑われたときに披露するための一曲だけ。
とはいえ、聞きなれないリズムとステップに昴は悪戦苦闘。
トンボも気を抜くと場違いなところでなってしまう鈴を的確なタイミングで鳴らしつつ、リボンを優雅にたなびかせるという繊細な動きに四苦八苦。
「まぁ、こんなもんでしょ」
自分の衣装に着替えた南斗が練習終了を告げた瞬間、昴とトンボは思わずその場にへたり込んだ。
「化け物かよ」
「本当に。回路がショートするかと思いました」
そんな二人を一切の疲れを見せない南斗が更にせかす。
「ほらほら、忘れないうちにさっさと行くよ~」
「鬼」「悪魔」
ボソリと呟いた声に南斗が笑顔で問い返す。
「なんか言った?」
「なんでもありません!」「ねぇよ!」
昴とトンボはやけくそのように叫びながら、その場から立ち上がった。