2_燃料屋と嬉しい誤解
「うわぁ、なんでだろ? 大して時間たってないのに懐かしい!」
P-7707に入り、倉鍵の燃料屋が見えてくると南斗が感慨深げな声をあげる。
「まぁ、いろいろあったからな」
南斗の言葉にトンボもうなずく。
「本当だよね……って、昴?」
トンボに返事をしかけた南斗は不思議そうな顔で、スクーターを押しながら前を歩く昴に声をかける。
「どうした? 昴、町に入ってからなんか変だぞ」
トンボも町に入ってから急に口数の少なくなった昴が気になっていたのだ。
「あの。倉鍵さんは私たちに会ってくれるでしょうか?」
もうすぐ燃料屋というところまできて昴の足がぴたりと止まる。
「「はい?」」
揃って素っ頓狂な声を上げたトンボと南斗を振り返り、昴が不安に揺れる目で続ける。
「あれだけ良くしていただいたのに、今まで何の報告もせずです。今更うかがったところで、何をしにきたのか、と言われるだけでは」
倉鍵に心配を掛けたくなかったとはいえ、自分たちは一度はP-7707を素通りして旅を続けたのだ。
今更、どんな顔で、どう話せばいいのか。
「う~ん、そうだなぁ」
「そうねぇ」
戸惑い、不安そうに見つめる昴に反して、トンボと南斗はどこか笑いを含んだ顔で昴を見返す。
「私は真剣に言っているんです! 笑うことはないでしょう!」
抗議の声を上げる昴に二人は顔を見合わせる。
「だってなぁ」
「ねぇ」
「トンボ! 南斗!」
怒る昴に南斗が続ける。
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみれば?」
「えっ?」
「店の前でわちゃわちゃしている奴らがいるな、と思ったら、お前たちかよ」
「倉鍵さん!」
背後からの声に慌てて昴が振り返る。
「さっさと入りな。道行く人の邪魔だろうが」
「は~い」「邪魔するぜ」
倉鍵の言葉に南斗とトンボはさっさと燃料屋へと向かっていく。
「えっ、あの! 倉鍵さん!」
「ほら、おいてくぞ」
昴の言葉を遮って倉鍵も燃料屋に入ってしまう。
その姿に昴も諦めてスクーターを押して燃料屋に入っていった。
「ほら。スクーター寄越しな。燃料入れるんだろ」
燃料屋に入るとすぐ倉鍵が昴の手からスクーターを持って行ってしまう。
「あの! 倉鍵さん、すみません!」
その姿に昴が声を張り上げ、頭を下げる。
急なことに南斗とトンボが驚きの声を上げる。
「ガキが余計な気を遣ってるんじゃねぇよ。よくきてくれたな。元気な顔が見られてよかったよ」
そう言って倉鍵は昴の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫ぜた。
「倉鍵さん……」
ホッとした昴が倉鍵を見つめて言葉を詰まらせた。のだが。
「そんなことより聞いてよ~。『楽園の入り口』なんて全然なくって、すごい大変だったんだから~」
「お前は少しは気を遣え!」
勧められもしないのにさっさとソファに座っていた南斗が、倉鍵に向かって口を尖らせる。
雰囲気もなにもあったものではない状況にトンボが思わずつっこみを入れる。
「ははっ、変わらないな。それで、どうだったんだ?」
そんな南斗の態度に気を悪くすることもなく笑う倉鍵に南斗が早速、P-8517での出来事を話始める。
鴇色の鉱石のこと、楽園の入り口の噂に隠された本当の目的、奇妙な病気のこと。
昴とトンボも南斗が眠っていた間に訪れたP-6761の地底湖や、見渡す限り真っ青だったM-1786のことをかいつまんで話した。
もちろん『仮称楽園計画』のことや、流れ星のことは伏せつつだったが。
「で、これから昴とトンボも住んでいた町に行って、その後はあたしの故郷に行くの!」
「はぁ? なんだって!」
続いた南斗の言葉に燃料を入れ終わってスクーターの調子を見ていた倉鍵の手が止まった。
驚いた顔で昴と南斗を交互に見る倉鍵に二人は困惑の表情を浮かべる。
「どうしたんですか?」「どうしたの? 変な顔して」
「いや、俺が口を出すことじゃねぇんだけどよ。いくらなんでもちょっと早くないか? 結婚ってのは。さすがに若過ぎるだろ」
「「「はぁ?」」」
燃料屋に奇妙な沈黙が流れること、数秒。
「んなわけないじゃん! 昴、女の子だし!」
「はぁ? 昴が女?」
爆笑する南斗の言葉に倉鍵が驚きの声を上げる。
「だって、どう見たって」
「それ以上は結構です。もう耳にタコですから。性別に拘りはありませんから、お好きな方で思っていただいて構いません」
倉鍵の言葉を遮って昴が憮然とした表情で答える。
隣で笑いをこらえている南斗とトンボが腹立たしい。と言うか、二人とも堪え切れてない。
トンボからは笑い声が微かにもれているし、南斗もすでに顔は笑っている。
「あらあら。楽しそうな声が聞こえると思ったら、可愛らしいお客様ね」
店先から聞こえてきた声に昴たちが驚いて振り返る。
そこには年の頃、三十歳くらいの優しそうな女性が赤ちゃんを抱いて立っていた。
「おう、帰ったか。昴たちは初めてだよな。かみさんと息子だ」
「「「はぁ」」」
ふぎゃあ……
女性の腕の中で寝ていたらしい赤ちゃんが、昴たちの声に驚いて声をあげる。
その声に三人は慌てて声を潜める。
「ちょっとどういうことよ!」
「いや、あれはあくまで勝手な想像だと!」
「何が家族を亡くしているのかも、だよ!」
「トンボだって同意したでしょう!」
ひそひそ声で言い合う昴たちを倉鍵と奥さんが不思議そうな顔で見つめる。
「どうしたんだ? お前たち?」
見かねて声をかけてきた倉鍵に南斗がこれまた口を尖らせて返事をしようとする。
「聞いてよ! 昴ったらね」
「ちょっと南斗、待ってください!」
慌てて止める昴の声も虚しく、南斗は洗いざらい話してしまう。
「何だそりゃ」
「あらあら」
申し訳なさそうに身をすくめる昴を見て、倉鍵と奥さんがケラケラと笑い出す。
「昴たちが来たときには里帰りしてたんだよ」
「本当にすみません。そのようですね」
「もう、人騒がせなんだからぁ」
そう言って、これみよがしにため息ををつく南斗を昴が無言で睨みつける。
「まぁ、でも良かったじゃねぇか。めでたい話だ」
「それもそうよね。赤ちゃん見たい〜」
トンボと南斗の言葉に奥さんがにっこりと笑って赤ちゃんを見せてくれる。
抱っこまでさせてもらった南斗の手元を昴が恐る恐る覗き込む。
いつの間にやらまたすやすやと眠ってしまったその健やかな顔に昴とトンボの声が重なる。
「かわいい」
「母親似でよかったな」
ガゴッ
燃料屋に鈍い音とみんなの笑い声が響き渡った。
以前に、燃料屋に倉鍵が一人だったのは奥さんが里帰り出産中だったから、昴たちに優しかったのも父親になったから、でした。
ちなみに昴が燃料屋で見た小さな椅子は産まれてくる子どものために、せっかちな倉鍵が作ったものです。
昴の想像どおり家族を亡くした設定にした方が、渋い大人の感じがでるのかもと悩んだのですが、できる限り登場人物には幸せでいて欲しいので当初の設定どおりにしてみました。