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8_懐かしい顔と待っていた返事

 夜中の街道を一台のスクーターが走っていく。


すばる、まずはP-6761向かうぞ」

フロントバスケットに収まったトンボが昴に声をかける。


「えっ? トンボ、今はそれよりも先を急がないと」

「いや、まずはP-6761だ」


「なぜ?」

困惑する昴にトンボが言葉を続ける。


「地図の情報を信じるなら俺たちの目的地はS-6086だ」

「えっ? それって?」


 トンボの言葉に昴は一人の少女を思い出す。

こっちの事情なんてお構いなし、いつも賑やかで、振り回されっぱなしだった。


 でも、一緒にいると不思議と明るい気持ちになれた。

たった一人で楽園に行く方法を探して旅していた少女を。


「そう、南斗なんしゅの故郷だよ」

想像どおりの言葉に昴は目を見開く。


「だから最初の目的地はP-6761だ。南斗が目覚めているなら何か聞けるかもしれない」

「わかりました!」


「おい! 昴じゃないか!」

数日後、P-6761に辿り着いた昴を見て、町の入り口で警備をしていた稲架はざが歓声を上げた。


「おぅ、久し振り」

フロントバスケットからトンボが声をかけると稲架が嬉しそうな顔をする。


「よく来たな。さぁ、とりあえずうちに……」

スクーターを降りた昴からあっという間にスクーターを奪い取ると自分の家に向かおうとする稲架を昴が慌てて止める。


「あの! 申し訳ないのですが、ゆっくりはできないんです」

「えっ? そうなのか?」

その言葉に稲架が残念そうな顔をする。


「すみません。ところでお願いした手紙ですが」

昴とトンボはP-6761を発つ際に稲架にとある手紙を頼んでいた。

その稲架が今、町にいるということは……


「もちろん返事は預かってきたぜ。そうか、それじゃ、湖だな」

そう言うと稲架は町の奥の地底湖に向かって歩き出した。


「これは?」

辿りついた湖のほとりにかつてはなかった東屋を見つけて昴が声を上げる。

代わりに以前昴たちが湖の中にある小島に渡るために使った小舟が見当たらない。


「湖底への入り口を小島の祠からこっちに移したんだよ。毎回、小舟で渡るんじゃ大変だからな」

そう言うと稲架は首から下げたネックレスを外して昴にかける。

ネックレスといっても革ひもに木製の勾玉が一つついたシンプルなものだ。


「急ぎだからとりあえず俺のを使ってくれ。ほれ、東屋のテーブルを見てみな」

言われるがままに東屋に入り、真ん中に設置された石造りのテーブルを見る。

と、テーブルの中央に手のひら大の木製の球体がはめ込まれている。


「勾玉を首にさげて、その木の玉にさわると湖底に転送されるんだ。スクーターは預かっておいてやるから、帰りに俺の家に寄ってくれ」

「ありがとうございます」


 頭を下げる昴に、また後でな、と声を掛けて稲架は去っていった。


「さて、行きますか」

トンボを抱えた昴が木製の玉に手を置く。

と、全身が眩しい光に包まれる。


「あら。誰かと思ったら昴とトンボじゃない」

目を開けた瞬間、鮮やかな紫が目に飛び込んでくる。


 昴とトンボを出迎えてくれたのはほたる様と一緒に湖底に残った熒惑けいこくだった。

出会った頃と同じように緩く波打った鮮やかな紫の髪をかき上げた熒惑は、昴とトンボを見て目を丸くする。


「どうしたのよ? って、あっ、そうか、手紙ね! 返事が来てるってよくわかったわね」

「町の入り口で稲架さんにお会いしたので」

昴の返事に熒惑が、なるほどね、とうなずく。


「手紙は蛍が持っているわ。こっちよ」

熒惑に連れられて向かった白木の神殿で昴とトンボを認めた蛍が二人に駆け寄る。


「昴さんにトンボさん! お久しぶりです。まぁ、やなぎにはもう会った? みんな会いたがっていたんです。今夜はこちらに泊まってくださいね」

姿こそ相変わらず絶世の美女のままだが、勢いよく話し出す蛍に昴とトンボが面食らう。


「こら、蛍。二人が驚いてるでしょ。二人は手紙の返事を見に来たのよ」

「あぁ、ちょっと待ってくださいね」


「えっ? ちょっと待ちなさい! あたしが取りに行くわよ! その格好で走ったらこけるわよ!」

「大丈夫! 待ってて!」

熒惑の制止を無視して走って部屋から出て行く蛍の後ろ姿を見て、昴が唖然とした顔で呟く。


「蛍様、雰囲気が変わりましたね」

「変わり過ぎじゃね」

昴の言葉にトンボも茫然とした声で返す。


「あれが素の蛍よ。前は他の子たちを安心させるために清楚で神秘的な蛍様を演じていただけ。本当に危なっかしくて見てらんない」

そう言ってため息をつく熒惑の顔は、でもどことなく嬉しそうで。


「よかったですね」

「……まぁね」

昴の言葉に熒惑はボソッと答える。


「こちらがお返事よ~!」

「はいはい、わかったから。走らない! こけるって言ってるでしょ!」

慌てて戻ってきた蛍に熒惑が怒鳴り返す。


 ドサッ

熒惑の予言どおり三人の前で盛大にこけた蛍が、そのまま右手に掴んだ手紙を昴に差し出す。


「あ、ありがとうございます」

「っていうか、大丈夫かよ?」

「はぁ、言わんこっちゃない」


 戸惑う昴の声とトンボの呆れた声、熒惑の盛大なため息が白木の神殿に響き渡った。



蛍は浮世離れした美女の予定でしたが、熒惑が惚れるのはそういうタイプではないよなぁと思ったら、素はこんな人になってしまいました。

でも、私もこっちの蛍の方が好きです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほっとけないタイプ THE・アイドル で良いですな。
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