12_紺碧と銀色
「銀脇、どうしてここに?」
「えっ? だって、また明日って言ったじゃん」
驚く昴に銀脇も驚いた顔で答える。
「どこまで聞いた?」
そんな銀脇にそうたずねながら淡路が歩み寄る。
「えっと、一緒に暮らしませんか、から?」
「ほぼ最初からか……」
「いや、盗み聞きするつもりはなかったんだよ。ただ、なんか深刻そうだったから、どこで声掛ければいいのかわかんなくてさ」
その言葉に銀脇が申し訳無さそうな顔をする。
「仕方ないか」
いつの間にか銀脇の目の前まで来ていた淡路は、軽くため息をつくと銀脇の顔にそっと両手をのばす。
「えっ? ちょっと待って! 何、何?」
いきなり両頬をおさえられた銀脇が戸惑いの声をあげる。
「ちょっと黙って」
「黙れるか! いや、本当に待って。昴たちもいるし」
なぜか赤い顔であたふたする銀脇を淡路が不思議そうな顔で見つめる。
「大丈夫。僕のことを忘れるだけだから。一瞬で終わるし、大したことじゃないよ」
「そうそう、忘れるだけ……って、えっ? 忘れる? 何を?」
銀脇に顔をおさえられたままでじたばたしていた銀脇が、その言葉にピタッと止まる。
「そうそう。そのまま大人しくして、僕の目を真っ直ぐみていてね」
そう言うと淡路の両目が紺碧から淡い水色へと変わっていく。
バシッ
その瞬間、銀脇が淡路の手を払い除けて、顔を背ける。
「あっ! ちょっと何するのさ!」
「うるせぇ! それはこっちの台詞だ!」
銀脇は淡路から顔を逸らしたまま、怒鳴り返す。
「なんでお前のこと忘れないといけないんだよ!」
「はぁ? 話聞いていたんでしょ? だったら、わかるでしょ!」
「なんだその説明! そんなんでわかるかぁ!」
銀脇の様子に淡路は、はぁ、とため息をつく。
「僕は流れ星を宿したアンドロイドです」
「それは聞いた」
「仲間は人間に壊され、今はどうなっているかもわかりません」
「それも聞いた」
「だったら……」
「だから、なんでそれで俺がお前を忘れなくちゃいけなくなるんだよ?」
「はい?」
憮然とした表情でたずねる銀脇の言葉に虚をつかれた淡路はキョトンとした顔で見つめてしまう。
「確かに酷い奴らだと思うけど、そいつらと俺は違う」
続いた銀脇の言葉に淡路の顔から表情が消える。
「違いませんよ。人間なんて、みんな僕たちを利用するだけ利用して、また勝手に壊すんです」
「俺は違う」
「違いませんよ」
「違う」
「違いません」
「違う!」
「違わない!」
「違うって言ってんだろ! だって、俺、別にお前が便利だなんて思ったことねぇもん!」
「はぁ?」
「なんでも記憶できるだかなんだか知らねぇけど。別に俺、記録して欲しいものねぇし。お前が何を記録してるかとか知らねぇし」
「な、何を! 僕の中には人類の長きに渡る叡智が」
「知らねぇよ。んなこと言って、お前、ゲーム最弱じゃん」
「そんなの記録してるわけないでしょ!」
「体力もねぇじゃん」
「関係ないでしょ!」
「絵も下手じゃん」
「だから、僕の機能は記録なんです! アウトプットじゃない!」
さっきまでの緊迫感はどこへやら。
やいやい言い合う二人を昴とトンボが啞然とした様子で眺める。
「はぁ、はぁ……さっきからなんだよ。どれも僕には関係ないことばかり」
言い返し疲れた淡路が肩で息をしながら、銀脇を睨みつける。
「関係あるよ」
「だから!」
「関係あるよ。だって、俺たち友達じゃん」
「はぁ?」
「お前が何者で、何を記憶しているか、なんて知らねぇけど、お前と過ごした時間を忘れるのは困る。淡路は俺の友達なんだ」
きっぱり言い切って自分を見つめる銀脇に何か言い返そうと淡路は口をぱくぱくさせる。
が、その口からは何の言葉もでてこない。
代わりに紺碧の目から透明な雫がこぼれた。
そんな淡路の頭を銀脇がポンポンと軽く叩く。
「淡路さん、確かにかつて人間はあなた達に酷いことをしたかもしれない。でも、だからって目の前の人間も同じとは限らないんじゃないでしょうか」
「……」
「なぁ、確かに生きる時間は違うかもしれないけどよ、だから一緒に生きられないってことにはならねぇと思うんだわ」
「……全くなんてお気楽な人たちなんだ」
昴とトンボの言葉に淡路が俯いたまま、呆れたように言う。
「お前は考えすぎなんだよ。人生楽しめよ」
そう言ってまた頭をポンポンと叩く銀脇の手を淡路がうっとおしそうに払いのける。
「一番お気楽なのは君だよ! 銀脇!」
「そう?」
「……僕より先に死ぬくせに」
目を逸らしてポツリと呟いた淡路の言葉を銀脇が笑い飛ばす。
「大丈夫。ずっと楽しいままでいられるくらい、すげぇたくさんの思い出つくればいいじゃん。お前、覚えるの得意なんだろ?」
「馬鹿じゃないの」
「いいじゃん。先のこと考えて心配ばっかりしてるなんてつまらないじゃん」
「本当に君はお気楽なんだな」
「……駄目か?」
盛大なため息をついた淡路を見て、ようやく不安になったのか銀脇が恐る恐るたずねる。
「僕が今まで記録した中でも君ほどお気楽で馬鹿な人間は見たことがない。しっかり記録するから覚悟しておけよ!」
淡路はそう言って銀脇をビシッと指さした。