3_食堂と町酔い
「ほれ、水。……お前は、オイルとか?」
銀脇は昴に水を差し出しながら、トンボに声をかける。
「あっ、いえ、大丈夫です」
「俺もお構いなく」
銀脇の言葉になんとか返事をすると、上下左右を取り囲む青色の世界から抜け出すことができた昴とトンボは、やっと落ち着いて辺りを見回した。
そこは家、ではなく、食堂のようだった。
「あの、ここは……?」
「俺んち。食堂やってんだけど、今は昼と夜の間で店閉めているから気にしないで」
「えっと……」
問題はそこだろうか? と思いつつも、説明できる気がしなかった昴はその言葉を飲み込んだ。
「ありがとうございます」
なにはともあれ助けてもらったのだから、とお礼言う昴に、いいって、と銀脇は笑って手を振る。
「ありがとよ。俺はトンボ、こいつは昴。いろんなものが見たくて、修理屋やりながら二人で旅してんだ」
トンボもお礼を言うと銀脇に自己紹介をする。
「へぇ、トンボに昴か。よろしくな」
銀脇がそう言って、片手を昴に、もう片方の手をトンボに差し出す。
昴とトンボは顔を見合わせたものの、おずおずと昴は握手を、トンボは銀脇の手に軽く降り立ってまた浮上した。
「ところで、さっき言っていた町酔いってなんですか?」
昴がたずねると銀脇もカウンター席に座って説明を始めた。
「見てのとおりM-1786は町全体が真っ青だろ? 珍しいから観光客もたくさんくるんだけど、人によっては平行感覚が狂っちゃうみたいなんだ。で、気持ち悪くなるから、町酔い。しばらくこの町にいれば慣れてくるから心配いらないよ」
「この町はなんでこんな色に?」
「たまたま青い石の鉱脈の中にあるんだって。なんちゃら石って二種類の石が混ざった珍しい場所らしいよ。詳しいことは知らんけど」
町の色もめまいも、もしかしたら流れ星の影響かと思ってたずねた昴だったが、銀脇の答えを聞く限りそういうわけではなさそうだ。
「あの、もう一つ、不躾なことをお聞きしてもいいですか?」
戸惑いを見せながらたずねる昴に銀脇はキョトンとした顔をした後で笑い声をあげた。
「昴って随分難しい言葉知ってんだな。いいよ、なんでも聞いて。それにもっと気楽に話してくれていいよ。同い年くらいだろ」
「ありがとうござ……じゃなくて、ありがとう。えっと、じゃあ遠慮なく。あの、その髪は……」
銀脇の言葉にお礼を言いつつも、初対面で身体的なことをたずねることがはばかられて、語尾を濁してしまう。
町の入り口で声をかけられた時から、銀脇の見事な銀髪が気にかかっていたのだ。
地下に住む人間は人種も様々で、もちろん髪や目の色だって様々だ。
安曇や羽白のようにオレンジもあれば、緑や紫もいるし、中には地毛ではなく染めている人にだっている。
だから、そこまで気にすることではないのかもしれない。
でも、昴は旅をしていく中で銀髪の人に出会ったことがなかった。
さすがに昴も、銀髪だけで自分と同じアンドロイドと考えるほど短絡的な思考は持ち合わせていない。
肌と目の色も違うのだが、どうしても気になってしまったのだ。
「髪? あぁ、昴も銀髪だから気になんないかと思ったんだけど、やっぱり珍しい?」
「えっ、えぇ」
うなずく昴に、そっか、と銀脇もうなずく。
「M-1786の住人って色素が薄い人間が多いんだよ。外の町のからきた人は驚くけど、この町じゃ、銀髪も結構いるよ」
「なるほど。町の明るさが影響しているのかな」
土壌が特殊なら、その成分が人体になんらかの影響を与えている可能性もあるかもしれない。
と、昴が考えていると。
「えっ!」
急に銀脇が自分の顔を覗き込んできたので昴は驚きの声を上げる。
「悪い、悪い。昴って目も銀色なんだな。銀髪だし、最初はこの町の人間かと思ったんだけど、やっぱ違うよな。この町の人間で目が銀色な人は見たことないし。まぁ、町酔いしてるし、服装も旅人っぽいから、この町の人間じゃないだろうとは思ったけど」
「はい、私もトンボもP-2768の出身です」
すぐに離れた銀脇に昴が答える。
「へぇ~、もしかしたらご先祖様がこの町の出身なのかもな」
そう言う銀脇に昴は曖昧にうなずいた。
「おい、昴」
銀脇と話していると肩に止まったトンボが、昴だけに聞こえるように声をかける。
「どうやら、またビンゴらしいぜ」
つい最近どこかで聞いたセリフが耳元で囁かれ、昴は微かにうなずく。
「あの、銀脇。聞いてばかりで悪いんだけど」
そう言う昴に銀脇は、構わないよ、とうなずく。
「この町で何か不思議なことが起きてたりしない?」
「へっ? 不思議なこと?」
予想外の質問だったのだろう。
銀脇が素っ頓狂な声をあげる。
「馬鹿! ストレート過ぎだよ!」
トンボが小さな声で昴につっこむ。
「う~ん、不思議なことねぇ」
驚きつつも何かあるだろうかと銀脇が腕組みをして考えこむ。
その姿に、変なことを聞いて悪かった、と昴は謝ろうとしたのだが。
「俺は知らないけど、アイツなら知ってるかも」
「どなたかご存じなんですか?」
銀脇の言葉に昴が食いつく。
そんな昴に、敬語になってる、とつっこみながら銀脇が言葉を続ける。
「うん。一人、ちょっと変わった奴なんだけど、すげぇいろんなこと知ってる奴がいるんだ」
「ぜひお話を…じゃなかった、会って話を聞かせてくれないか?」
昴の言葉に銀脇がう~んと唸る。
「お願いします!」
そんな銀脇に昴が更に詰め寄る。
「なぁ、昴、お前、運動神経いい?」
「は?」
唐突な質問に昴が答えに詰まる。
「だから、運動神経。体力にも自信ある?」
「えっ、あぁ、まぁ」
自分はアンドロイドだ。本気を出せば人間より数段高い運動能力は発揮できる。
でも、それと今の話に何の関係が?
「よし! じゃあ、行くか! トンボはドローンだから大丈夫だろ」
首を傾げる昴とトンボを置いてけぼりに食堂に連れてきたときと同様に銀脇は昴の手を取る。
「えっ? あの、今ですか?」
「うん、今が丁度いいんだ。いくぞ」
訳のわからないまま、昴は銀脇に手を引かれ、そんな二人を追いかけてトンボも食堂を後にした。
10万字突破しました!
慣れない三人称視点にこころが折れそうな時もありますが、読んでいただける皆さんのお陰で頑張れてます。
ありがとうございます!