1_正しいことと多分大切なこと
地下の町をつなぐ街道を一台のスクーターが無言で走っていく。
スクーターを運転するのは十四、五歳の少年。
律儀に被ったヘルメットから、ぴょんぴょんと短い銀髪がのぞいている。
本当は綺麗な銀色の目をしているのだが、縁の太い黒縁眼鏡の印象が強く、その目に気が付くものは少ないだろう。
スクーターのフロントバスケットにはトンボ型のドローンが入っている。
と、トンボという見たままの名前がついたドローンが沈黙を破り少年に声をかける。
「そろそろP地区が終わるな」
「……」
声をかけられた少年の名前は昴。
しかし、トンボの言葉に昴は返事をしない。
「おい、聞いてんのかよ。そろそろ……」
「まもなくP地区をでてM地区に入るのは街道の看板を見ればわかります。報告は不要です」
再度トンボが声をかけると平坦な声で返事が返ってくる。
トンボからは昴の顔は見えないが、無表情であることが容易に想像がついた。
訳あって地下をスクーターで旅していた二人だが、地底湖のある町、というか村、をでてから、ずっとこんな調子だった。
何度トンボが声をかけても昴の返事はほぼなく、あったとしてもこんな調子。
二人の間には必要最低限の会話しかなかった。
「地区を跨いでの移動は管理局が禁止するところではないので問題はありません。よって今、話し合うべき懸念事項はありません」
「おい! 言いたいことがあるなら言えよ!」
暗にこれ以上の会話を拒否する昴の言葉にトンボが苛立った声を上げる。
「ですから、話し合うべきことは……」
「あるだろうよ! そんなに南斗が心配なら戻ればいいだろうよ!」
昴とトンボは以前に南斗と言う名前の少女と一時期一緒に旅をしていた。
南斗とともに鴇色の流れ星を追った昴は結果として流れ星を破壊し、町を救った。
しかし、南斗は流れ星の影響で病にかかってしまった。
いつまでも町に留まる訳にいかなかった昴たちは南斗をその町の医者の元に預け、旅を続けることにしたのだ。
そして、先日までいた地底湖のある村で新たな流れ星に出会った昴たちは、破壊したはずの鴇色の流れ星がまだ存在しているかもしれない事実を知った。
昴はすぐに南斗の元に行こうとしたが、そこをトンボが止めたのだ。
自分たちにはすべき本来の目的があるだろう、と。
結果として地底湖のある村で出会った稲架という青年に南斗のいる診療所への手紙を託し、昴たちは先を急ぐことになった。
それ以来、昴とトンボの間には険悪なムードが漂い続けていたのだ。
「……問題はそこではありません」
徐に街道脇にスクーターを止めた昴は、スクーターに跨り前を向いたまま、ポツリと呟いた。
「どいうことだよ?」
トンボもあえてフロントバスケットからは出ずに声だけをかける。
「トンボは正しいのです」
「だからそうじゃなくて! 謝れとか言いたいんじゃねぇよ! 言いたいことがあるなら言えって言ってんだよ! わかれよ!」
続いた昴の言葉にトンボが苛立った声を上げ、フロントバスケットから出ようとする。
ポスッ
と、そんなトンボを昴が両手で抑える。
「おい!」
「そのままで聞いてください。……お願いします」
トンボの抗議の声に対して昴の声は予想外に静かだった。
「……なんだよ」
渋々ながらフロントバスケットに戻ったトンボを確認して、昴はそっと両手をどける。
「怒っているわけでも、拗ねているわけでもないんです」
昴は前を向いたまま、また話始めた。まるで独り言のように。
「私たちの目的は博士にもう一度会う事。そして、それは『仮称楽園計画』という巨大な組織を相手にした相当に分の悪い戦い。……ですよね」
「あぁ」
昴の問いかけをトンボは肯定する。
「私たちに他のことを気にかけている余裕はないんです。だから、南斗の元に行こうとした私を止めたトンボは正しいし、止めてくれたことには感謝しているんです」
「じゃあ、なんで……」
「そう、なんで、なんです。正しいとわかっているのに私の回路のどこかがそれを否定するんです」
「それは……」
トンボは昴の言葉に湖底の町で少女たちの食事に同席したいと言った昴の姿を思い出していた。
「怖いんです。私の中に自分でも処理しきれない回路ができている気がするんです。バグができているのかもしれない。壊れている余裕なんてないのに」
昴はハンドルを握り締めて俯いた。
フワッ
今度こそフロントバスケットから浮かび上がったトンボが、そっと昴の肩に降り立つ。
「すみません。余計なことを省くことで本来の機能も取り戻せるかと思います。なので、しばらくは会話も最低限でお願い……」
「お願いされねぇ。今までどおり、いっぱい話そうぜ。余計なことも、くだらねぇことも」
「トンボ! ですから!」
自分の言葉を遮ったトンボに今度は昴が抗議の声を上げる。
「南斗のことも、次の流れ星を見つけたら必ず返事を見に戻ろう。本当は今すぐ戻りたいけど、手紙も頼んでるし、ここまで来ちまったし、今は進もう。でも、必ず戻ろう」
「だから私は怒っているわけでは……」
「ちげぇよ」
トンボはまた昴の言葉を遮る。
「昴、お前のそれはバグでも故障でもねぇよ」
「調べもせずにどうしてそんなことが……」
「俺もドローンだからよ、本当の所はわからねぇ。でも、それはなくしちゃいけねぇものな気がする」
「そんな、だって、効率的ではありません」
戸惑う昴にトンボが続ける。
「効率的より大切なものがあるんじゃねぇかな」
「……そんなものアンドロイドにあるんでしょうか? 私はこのままでいいんでしょうか?」
昴がトンボを見つめて聞き返す。
久し振りに正面から見た昴の目は不安に揺れていた。
「だから、わかんねぇよ。俺、ドローンだもん」
「そんな!」
あっけらかんと答えるトンボに昴が抗議の声を上げる。
「だから、さっさと博士を見つけて調べてもらおうぜ」
そう言ってトンボはさっさとフロントバスケットに戻る。
「そんな無責任な! ……でも、そうですね。考えるより今は進みましょう!」
「そうそう、M地区に突入だ~!」
トンボの掛け声に昴は、フッ、と笑って、再びスクーターを走らせ始めた。
第四章ではいろいろ物語が動き出す予定です。
少しずつ感情を手に入れていくことに戸惑う昴と、わからないながらも支えようと頑張るトンボ。
二人の物語にお付き合いいただけたら嬉しいです。