15_湖の底の真実と流れ星
「熒惑の言うとおり、柳たちは村に帰ることができるし、帰そうと思ってるの」
静かに話し始めた蛍の言葉を昴とトンボは黙って聞く。
「私がついた嘘は、柳たちが村に帰ることができなかった理由」
「水神様の力ではないんですか?」
「水神様の力ではあるんだけど、本当の原因はあたしなのよ」
昴の問いかけに熒惑が答えるのを蛍が、いいのか、と言いたげな顔で見上げる。
「あたしに説明させて頂戴」
蛍を見つめ返してそう言う熒惑に、蛍は静かにうなずく。
「少し長い話になるけど、聞いてくれる?」
その言葉に昴がうなずくと、熒惑は隠された真実について話し始めた。
「まず、最初の水神様の巫女なんだけど、本当はあたしなの。あたしと蛍は小さい頃からの幼馴染だった」
「あぁ、だからか」
「トンボ、今の話だけで何かわかったんですか?」
「あたしも、話はこれからのつもりだったんだけど」
思わず零れたトンボの言葉に熒惑と昴が驚き首を傾げる。
「あっ、悪ぃ。いや、蛍様が倒れたときに、熒惑が、蛍、って呼んだだろ? 幼馴染だったのか、って納得しただけ。話の腰を折って悪かったな続けてくれ」
「そんな細かいこと、よく気が付きましたね」
感心する昴に、まぁな、と得意そうに答えるトンボを見て、熒惑が少し怒った顔で声をかける。
「ちょっと、話を続けるわよ! とにかく、私たちが小さいころは村も落盤事故が結構あってね。大人たちも焦ってたんでしょうね。人柱って話がでてきちゃったのよ」
「地下には珍しい地底湖なんて場所もあったから、尚更、神頼みをしたくなったのかもね」
熒惑の言葉に蛍がそう言ってうなずく。
「で、人柱と言えば、子どもか若い女性が定番でしょ。うちの村も案の定、村で一番かわいい少女をって話になっちゃったのよ」
「やだ、村一番なんて言い過ぎよ」
「いや、問題はそこじゃねぇだろ」
熒惑の言葉に照れる蛍を見て、トンボが呆れた声でつっこむ。
「いいえ、問題はそこだったのよ。結果として蛍が候補にあがった。でも」
「最終的に最初の巫女は男性の熒惑さんになった。どうしてですか?」
昴の問いかけに熒惑はちらっと蛍を見た後で、ぶっきらぼうに答える。
「昴、あんたと同じことをやったのよ」
「えっ?」
熒惑の言葉の意味がわからなかった昴が聞き返すと、不機嫌そうな顔で熒惑は続けた。
「だから、身代わり。わかんなさいよ。勘の悪い子ね。……まぁ、結局、次の巫女に蛍が選ばれちゃったから意味なかったんだけどね」
「なるほど。でも、それが柳たちが村に帰ることができないのと何の関係が?」
「昴、そんなだから勘が悪いって言われちまうんだよ」
「どういうことですか!」
昴より先に原因に気が付いたトンボが揶揄うように言うと、昴が不機嫌そうに言い返す。
「熒惑は蛍が好きだったんだよ。だから、身代りになった。でも、湖の底で再び蛍に会えたときに思っちまったんだろ。蛍とずっと一緒にいたいなぁって。それがどう間違ったか、ここに来た奴全員が出られなくなるって状態を招いちまったわけだ。そうだろ?」
「そんな力が水神様に?」
「ありえる話だろ。願いを集める流れ星があるんだからよ」
訝しげな顔でたずねた昴はトンボの言葉にうなずく。
確かにありえない話ではないかもしれない。と、思ったその時。
ガコッ
得意そうに答えるトンボが鈍い音をたてて急に床に転がる。
熒惑の一撃がトンボを襲ったのだった。
「何すんだよ!」
「うるさいわよ! あんたこそ得意気にペラペラ喋ってんじゃないわよ!」
フワリと浮上しながら文句を言うトンボを熒惑が怒鳴りつける。
その耳が真っ赤なことに鈍い昴は気が付くはずもなく。
「なるほど、そういうことでしたか」
納得したと言いたげな声を昴があげる。
「水神様に直接願ったわけではなかったのよ。でも、無意識のうちにそう願っていたみたいね。蛍が水神様にそう言われたって。……気が付かなったじゃ済まないことをあたしはしちゃったのよ」
そう言って俯く熒惑の手を蛍がそっと握る。
「熒惑はみんなに全部話すと言ったんだけど、悪気があってしたことではないし、無理に話すことはないと思うの。だから」
「わかりました。このことは誰にも言いません」
昴の言葉に蛍は、ありがとう、と微笑む。
「それと水神様から昴さんとトンボさんに伝言よ」
「えっ? 私たちに?」
驚く昴たちに蛍は水神様の言葉を告げた。
「水神様は昴さんたちの言うとおり、流れ星だそうよ」
「本当ですか!」
「えぇ、そして、黒い石も鴇色の石もそうだって。言えばわかるって言われたんだけど、意味わかる?」
心配そうにたずねる蛍に昴はぶんぶんと首を縦に振る。
「よかった。で、黒い石には流れ星の位置を記録できるそうよ」
「すげぇぞ、昴。謎がどんどんわかっていくじゃねぇか」
トンボが興奮した様子で昴の周りをぐるぐると回る。
「他には? 水神様はなんと?」
「ここを出る前に黒い石を少し貸して欲しいって、自分を記録して次の流れ星の場所を示せるようにしておくからって」
「どういうことだ?」
聞き返すトンボに蛍が、わからない、と首をふる。
「とりあえず、黒い石はお預けします。トンボ、いいよね?」
その言葉にトンボは昴が黒い石を取り出しやすい高さに降りてくる。
「あの! 水神様に聞いて欲しいことがあるんです。もちろん、蛍様のお体に触れないように小分けにしてで構いませんので」
そう言う昴に蛍は申し訳なさそうな顔で首を横に振る。
「ごめんなさい。水神様は協力するのはここまでだって」
「そんな……」
茫然とする昴に、何とかならないのかと詰め寄るトンボ。
でも、蛍の首が縦に振られることはなかった。
昴とトンボは黒い石を蛍に預け、渋々神殿を後にした。