14_石の力と少女の嘘
蛍はすぐに目覚めたものの昴たちが会うことができたのは、蛍が倒れてから数日後だった。
それくらい翠色の石との会話は蛍の体力を削っていた。
「ごめんなさいね。こんな格好で」
熒惑の手を借りてベッドから起き上がった蛍は昴たちに頭を下げる。
ここは白木の神殿の奥、蛍の私室だ。
本来なら限られた人間しか入ることの許されない場所だが、これ以上、昴たちを待たせるわけにはいかないと蛍がみんなを招いたのだった。
呼ばれたのは、あの時に神殿にいた人間。昴、トンボ、柳。
そして、蛍が倒れてからずっと側で看病をしていた熒惑の四人だけだった。
「あの、私も居ていいのでしょうか?」
居心地悪そうに確認する柳に蛍がほほ笑む。
「えぇ、柳、あなたにも聞いて欲しいの」
蛍の言葉に柳は、わかりました、と生真面目な顔でうなずいた。
「それじゃ、お話しましょう……いいわね、熒惑?」
「えぇ」
蛍は熒惑がうなずくのを確認して、ベッドの上で姿勢を正した。
「水神様の加護は、水神様がこの場所にあることでもたらされているもの。その加護に巫女の存在は必要ないとのお言葉でした」
一息に告げられた言葉に柳が息をのむ。
「では巫女を捧げなくても湖の周りの木々が枯れるようなことはないと?」
柳ほどのショックを受けていない昴が蛍に確認する。
「そのとおりよ。そして、巫女の存在がなくてもこの湖の底の町がなくなることもない」
「じゃあ、なんで柳たちは祠から出られねぇんだよ?」
続いたトンボの質問に昴もうなずく。
翠色の石にとって巫女が必要ないのだとすれば、ここから出られない理由がない。
「そんな! じゃあ、どうして私たちはここに来たんですか? なんのために? なんで帰れないのです?」
ようやく蛍の言葉に理解が追い付いたのか、柳も弾かれるように蛍に食ってかかる。
「柳、やめて。蛍様は何も悪くない。悪いのは」
「柳、ごめんなさい」
蛍に詰め寄る柳に熒惑が真実を口にしようとしたその時。
熒惑の言葉を遮るように蛍が柳に頭を下げた。
まさか蛍が自分に頭を下げることがあるなんて想像もしていなかった柳は、その姿に驚いて黙り込む。
「私たちが村へ帰ることができないことに水神様は気が付いておられませんでした。私がそれをお聞きしたところ、大変すまない、と。これからは自由に行き来できるようにするとのお言葉をいただきました」
「蛍! どういうこと?」
何故か慌てる熒惑を蛍がそっと制する。
「本当ですか?」
信じられない、という顔で確認する柳に蛍は静かに、でも大きくうなずく。
「信じられないのも無理はありません。ですが、本当のことです。私がもっと早くに気が付いて水神様におたずねできれば、柳たちに悲しい思いをさせずにすみました。本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げる蛍に柳は慌てて首を振る。
「そんな、私などに頭を下げないでください! みんな喜びます! 帰れるなんて思ってもなかった! 早くみんなに伝えたいのですがいいでしょうか?」
今にも神殿を飛び出していきそうな柳を見て蛍はほほ笑みながらうなずく。
「もちろんです。早くみんなに伝えてあげてください」
「はい! 昴、トンボ、私、みんなに伝えてきたいんだけど、二人だけで帰ってこれる?」
「大丈夫です。道は覚えていますから」
「わかった! じゃあ、先に戻ってるね!」
昴の返事を聞いて、柳はもう待ちきれないと言いたげな様子で神殿を飛び出していった。
その姿を見送った蛍は、柳が戻ってこないことを確認すると昴とトンボの方に向き直った。
と、蛍が何か口にする前に熒惑が蛍に詰め寄る。
「ちょっと、どういうことなの? あんな出鱈目な話!」
「おい! 嘘なのかよ? 柳の奴、みんなの所に行っちまったぞ。止めなくていいのか?」
トンボが驚いた声で蛍に問いかける。
「どうして嘘なんかを? みんなが帰りたがっているのは私たちよりも良くわかっているでしょうに」
昴の言葉に熒惑が首を横に振る。
「そこは嘘じゃないのよ。柳たちは村には帰れる。そうじゃなくて」
と、今度は蛍が熒惑の言葉を遮る。
「熒惑、これでいいのよ。……でも、昴さん、トンボさん、お二人には本当のことをお話しておきますね」
その言葉に熒惑は黙り込み、昴とトンボは蛍を見つめた。
第三章もいよいよ終盤です。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




