8_水神様の儀式と翠色の光
「へぇ~、馬子にも衣装とは良く言ったものだな」
「……叩き落としますよ」
儀式当日、稲架の家で水神様の巫女の衣装を着て出発を待っていた昴は、トンボの軽口に不機嫌そうに答えた。
「昴さん、トンボさん、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
旅の支度を整えた色白はそう言って深々と頭を下げる。
その髪は顎の下あたりの長さに短く切り揃えられている。
「短い髪も似合うじゃねぇか。元気でな」
「色白さんもお気を付けて」
色白はトンボと昴の言葉に大きくうなずく。
「私がついているんだから安心して。それにしても、こんな早くに再会するとはね」
「本当だよな」
と、P-9280から色白を迎えに来てくれた七夜が、昴たちを見て、何度目かわからない驚きの声をあげる。
「昴たちこそ気を付けなさいよね。落ち着いたら必ずうちの店に遊びに来なさいよ!」
「はい。ありがとうございます」
「おい。そろそろ時間だ」
稲架の言葉にみんなの顔が引き締まる。
「じゃあ、私たちは一足先に行くね」
そう言って七夜と色白は先に稲架の家を後にした。
「昴さん、トンボさん、私たちからもお礼を言わせてください。あなた方は私たち家族の恩人です」
深々と頭を下げる稲架の両親に、昴が、とんでもない、と慌てて両手をふる。
「私たちも祠の中を見学できますし、大したことではありませんから」
「いや、本当に感謝している。ありがとうな。……さぁ、いくぞ」
稲架の声にうなずき、昴たちも稲架の家を後にした。
そして、数時間後。
「楽勝だったな」
道具箱から抜け出しながら、トンボが昴に声をかける。
「まぁ、失敗するような要素もありませんでしたしね」
その言葉に昴も被り物と顔の白い布を取り払いながら答える。
「ところで本当に座標が示していた場所はここなんですか?」
祠の中を見回した昴は疑わし気な目でトンボにたずねる。
「俺が間違うわけねぇだろ! 座標の場所は確かにここ……なんだけどなぁ」
トンボも祠の中をくるくると回りながら訝し気な声を上げる。
祠は一辺4m程度の真四角な板張りの部屋だったけれど、そこに置かれているのは今回の儀式で運び込まれたお供えだけ。
つまり、昴たちが来た時には祠は空っぽだったのだ。
「何か仕掛けでもあるんでしょうか?」
「とりあえず探してみるか」
そう言って昴とトンボが探すこと小一時間。
小さな上に一間しかない祠だ。探すと言ってもさほど時間はかからずに終わってしまった。
床や壁を叩いてみたものの、空間のありそうな場所や隠し扉なんてものはなく、トンボが天井も調べたけれど何も見つかりはしなかった。
「面白いくらいにさっぱり空っぽだよなぁ」
「えぇ、祠なんですから祭壇くらいはあっておかしくないのですが」
「これじゃ、祠というより、倉庫か物置だよな」
トンボの言葉に昴もうなずく。
「あとは祠の外を調べてみるしかありませんが……」
「夜にならないと無理だな。今、祠から出ちまったら大騒ぎだぜ」
湖の周りにはまだ村人たちが集まっている。
今、祠からでたら村人たちから丸見えだ。
「仕方ありません。夜まで待ちますか」
「だな」
諦めて祠の壁に寄りかかって座り込む昴の隣にトンボも降りて一休みすることにする。
「なぁ、昴」
「なんですか?」
「流れ星ってなんなんだろうな?」
「言葉のままの意味だとしたら、空の星が落ちたものでしょうね」
昴の返事にトンボが、まんまかよ、とツッコミをいれる。
「流れ星にはもしかしたら不思議な力があるのかもしれません」
「夢を集める、ってやつ?」
P-8517の鴇色の鉱石を思い出したトンボの言葉に昴はうなずく。
「えぇ。そして、これは単なる私の予想なのですが、流れ星によって力は色々なのかもしれません」
「その中のどれかを博士は探していた、とか言う?」
「多分。それがどんな力なのかはわかりませんが」
「まぁ、わかんねぇよな。本当にな~んにも言ってなかったもんな」
不貞腐れたようなトンボの言い方に昴が苦笑しながら、そうですね、とうなずく。
「……博士、元気にしてるといいな」
「えぇ」
昴の返事を最後に祠の中が、しんと静まり返る。
「色白~迎えに来たよ~! ……って、あんた誰?」
その沈黙をぶち破るかのように陽気な声がしたと思ったら、声の主が昴を見て叫び声を上げる。
「えっ? あなたこそ誰です?」
「おい! どこから入ってきた?」
突然のことに昴とトンボも驚きの声を上げる。
「えっ? 待って! 今回の巫女って色白じゃないの? えっ? あいつ、また連絡ミス?」
急に現れたのは色白とほぼ同世代と思しき少女だった。
「あの、こちらの話を……」
「えぇ、どうすんのよ! だから一人で来るの嫌だったんだって。一人じゃ決めらんないよ~ てか、本当にあいつ誰よ? 色白だって言うから来たのに~」
昴の言葉を全く聞く気配はなく、少女はぶつぶつと文句を言いながら、祠の周りをぐるぐると歩きまわっている。
このままでは埒が明かない。どうしたものか、と昴が悩んでいると。
「えぇい! なるようになれ!」
急に立ち止まった少女はバッと昴の方を振り返ると、昴の腕をガシッと掴み、高らかに叫んだ。
「柳、帰還します! 回収お願いしま~す」
突然の少女の叫び声をきっかけに祠の中は眩い緑色の光で満ち溢れていった。