7_みんなの決意と準備
「そんな恐れ多いこと……」
目の前の少女の大きな黒い目が戸惑いに揺れる。
稲架の言うとおり色白は、透けるような白い肌と印象的な黒い目をした愛らしい少女だった。
「そうよ。それに、今日出会ったばかりの方になんてことを」
一緒にテーブルについた稲架の母親も、稲架が連れてきた昴の話に戸惑いを隠せずにいた。
二人の様子に、これは別の方法を考えるしかないかな、と昴が思っていると。
「……昴さんといいましたか。本当にいいのですか?」
稲架に良く似た恰幅のいい男性が、やはり戸惑いの色を顔に浮かべながら、それでも唯一肯定の気配をみせて昴にたずねた。
その言葉に昴が大きくうなずく。
「稲架さんがお話したとおり別に色白さんの代わりに命をかけるつもりはありません。儀式が済んだら失礼します。脱出のお手伝いはお願いしたいですが」
「もちろんだ。町からでるまで、きっちりサポートさせてもらうし、謝礼もさせてもらう」
「あなた!」「お父さん!」
厳しい表情を崩すことなく答えた稲架の父親に、母親と色白が驚きの声をあげる。
「勝手なことは十分わかっている。今まで村のみんなが受け入れてきたことなのに自分の娘だけ。……だか、助けられるなら、助けたいんだ。馬鹿な親と笑ってくれて構わない」
「そんな! そんな真似……」
「……昴さん、お願いします」
「お母さんまで!」
稲架の父親の言葉に母親も昴に頭を下げるのをみて、色白が声を上げる。
「……決まりだな」
こうして水神様の巫女の身代わり計画が決まった。
儀式当日は、村のほぼ全員が湖に集まる。
色白はその隙をついて村を出ることになった。
「P-9280に修理屋をしている知り合いがいる。そいつに迎えに来てもらうようにするよ」
「えっ? それって七夜って奴じゃねぇの?」
思わずもれたトンボの言葉に稲架がびっくりした顔をする。
昴がつい先日まで七夜のところで働かせてもらっていたことを伝えると、奇遇だな、と不思議な縁に驚きあった。
昴のスクーターと荷物は前日の夜に湖の森に隠しておくことにした。
これについては稲架が、任せておけ、と胸を張った。
「生まれも育ちもこの村な上に、今は自警団のリーダーだからな。大人にも、子どもにも見つからない場所に確実に隠しておくよ」
「頼もしいな。頼んだぜ」
トンボは儀式の際に水神様の巫女と一緒に祠に運ばれるお供えに潜むことになった。
これについても、自警団が運ぶので、稲架が持つ道具箱に潜めばいいだろうという話になった。
「あとは昴だな」
「まずは髪の毛だけど……」
湖で話していた時は鬘でも、なんて簡単に考えていたが、この時期に色白の家族が黒髪の鬘なんて用意していたら怪しいことこの上ない。
「とはいえ、探すしかないだろう」
色白の髪は見事な黒髪で、髪の毛以外のもので誤魔化したところで一発でばれることは容易に想像できた。
「こんなところで自慢の黒髪が仇になるなんてな」
「……私、髪を切ります」
稲架の呟きにその場が静まる中、色白の声が響いた。
「いえ、今、急に色白さんが髪を切ったら、それこそ不自然です」
「そうだぞ。水神様の巫女が儀式の直前に髪を切るなんて」
昴と稲架の言葉に色白が首を横に振る。
「違います。私の髪を使ってください。多少短くなりますが、本人の髪です。一番ばれにくいでしょう。私は儀式まで家に籠もっているようにして髪を切ったことを知られないようにしますから」
「なるほど、その手があったか」
色白の言葉にその場のみんなが良い案だと頷きかけたその時。
「駄目よ!」
稲架の母親が、とんでもない、と言いたげな顔で反対した。
「女の子が髪を切るなんて、そんなこと!」
物静かそうに見えた稲架の母親の大きな声に、その場のみんなが驚いている中、昴はその姿に、ふと葉室の母親の未央のことを思い出していた。
自分が昴になるために髪を切った時、未央も随分と悲しんでいた。
人間にとって、女の子が長い髪を切ることは悲しいことなのだろう。
そう思った昴が、何か別の方法を考えましょう、と口を開きかけた。が。
「お母さん。この長い髪は目立ちます。村をでて身を隠すのなら、どちらにしても切るしかないでしょう。だったら今切って、少しでもお役に立ちたいんです」
一瞬早く色白が母親にそう告げると、母親は娘の思いに涙ぐみつつも、わかりました、とうなずいた。
こうして、髪については、色白本人の髪を儀式の時の被り物に縫い付けることになった。
「あとは衣装だな。昴は確かに色白と背格好は似ているけど、男だからな。多少の調整は必要だろう」
「あっ、それなら」
自分の体格は人間の少女を模しているから大丈夫と昴が答えようとしたのだけれど。
「衣装ならあるから、一度着てみましょう。」
そう言って、有無を言わさず、稲架の母親に別室に連れて行かれてしまった。
数分後。
諦めて衣装を着るために服を脱いだ昴を見て、稲架の母親が驚きで目を丸くする。
「昴さん、あなた……」
そこまで言って言葉を失う彼女に昴がうなずく。
「はい。」
「……やっぱりやめましょう。他の娘さんを身代わりにするなんて」
そう言って衣装を着付ける手を止めた稲架の母親に昴が答える。
「大丈夫。皆さんの協力があれば上手くいきます。祠をちょっと見たら、すぐに失礼します。危険なんてありませんよ」
その言葉に戸惑いを見せつつも稲架の母親は昴の着付けを再開した。
昴が考えていたとおり、衣装はぴったりで、どこも直す必要ななかった。
こうして、色白と昴の入れ替わり計画の準備は無事に終了し、後は当日を待つばかりとなった。