6_突拍子もない提案と身代わりの巫女
「何考えてんだよ! 昴、死ぬつもりかよ!」
トンボは昴の言葉に当然のように声を上げた。のだけれど、
「そんなわけないでしょう」
何を馬鹿なことを、と言いたげに即答する昴の言葉に、トンボと稲架の両方が呆気に取られた顔をする。
「私は旅人です。私がこの町からいなくなっても、村の人たちは誰も気にしないでしょう」
「……だからって、妹の身代わりにしようなんて思わないよ。これはこの村に暮らす人間が背負わなきゃいけないことだ。旅人の昴を犠牲になんてできない」
昴の言葉に稲架が強く首を振る。
確かに妹は可愛いが、そのために誰かを犠牲にしようとは思わないし、何より優しい色白はそんなことを望まない。
「昴、一度しか言わねぇからな! 俺はな、俺は、お前のことが!」
「どうしました、トンボ? 稲架さんも何か勘違いをしていませんか?」
稲架の覚悟に満ちた言葉も、意を決して昴に想いを伝えようとしたトンボの言葉も、冷静な顔をした昴があっさりとぶった切る。
勢いをそがれたトンボが、思わず空中でバランスを崩してこけそうになる。
「何も私は色白さんの身代わりに地底湖に沈むつもりはありませんよ。当たり前でしょう」
「……じゃあ、どういうことだよ?」
不貞腐れた声を上げるトンボに、なぜそんなに怒ってるんです? と、昴は不思議そうな顔をしながら言葉を続ける。
「色白さんの代わりに水神様の巫女にはなりますが、祠を見学したら、そのまま湖を泳いでこの村を失礼させていただきます」
「はい?」
昴の言葉を理解しきれなかった稲架が、なんだって? と、昴に聞き返す。
「ですから、祠で夜を待つでもして、後は失礼します。私とトンボが村からいなくなっても、誰も気にしないでしょう? 色白さんはこの村では暮らせないでしょうから、どこか他の町で暮らすことにはなるでしょうけど、亡くなるよりはマシでしょう」
「なるほど! 考えたな昴!」
稲架より一足先に昴の案を理解したトンボが、さっきとは打って変わって明るい声で賛成する。
「私たちは祠を見ることができるし、色白さんは助かる。お互いにとって良い話だと思うのですが、いかがでしょうか?」
「……本当にそんなことができるのか? そんなことしてもし村に災いが起きたら」
昴の言葉に稲架が恐る恐るにたずねる。
「そこは何とも。ただ人身御供というのは科学的根拠には乏しいかと。後は私が身代わりになれるかですが、そちらは恐らく大丈夫かと。色白さんにお会いしていないので絶対とは言えませんが、年齢は同じくらいということですから」
「昴も色は白い方だし、銀髪は鬘でも被ればいいだろ。あとは目の色さえごまかせればいけるんじゃねぇの」
昴とトンボの言葉に、稲架もだんだんその気になってきたのか、昴の姿をまじまじと眺めて口を開く。
「水神様の巫女は儀式の時には顔を白い布で隠しているから目の色は問題ない。背格好も色白と似ている。……俺だって人身御供なんて時代遅れだって思ってはいたんだ」
「それなら大丈夫でしょう」
そう答える昴を見ながら、稲架は、うんうん、と一人で何度もうなずく。
「色白はもともと村をでて町で勉強したいって言っていたし、P-9280なら知り合いもいる。いける! いけるぞ!」
「よし! 決まりだな!」
と、盛り上がりかけた所で、稲架がハッとした顔で昴とトンボを見つめる。
「いや、でも、本当にいいのか? 万が一のことがあったら……」
「多少のリスクは覚悟の上です」
「お前たちはなんでそんなに祠に拘るんだ? 地底湖は珍しいかもしれないが、命をかける程のものか?」
「えっ? そ、それは……」
稲架の問いに、正直に答えるわけにもいかない昴は答えに詰まる。
今までの経験上、こういうときはトンボに頼るに限る、とばかりに昴は黙ってトンボを見上げる。
俺かよ! とでも言いたげに、ビクッ、と軽く跳ねたトンボは、それでも稲架に答える。
「俺たちはそう言うタチなの。この地下のいろいろなものを見たいのさ。そうでもなきゃ、わざわざ流れの修理屋なんて変わったことしてしねぇよ」
「そうです。地底湖の祠を見る機会なんて、次いつあるかわかりません。ぜひ見ておかなければ」
トンボの言葉に昴も、もう一押しとばかりに、そうだそうだ、と、大きくうなずく。
その様子を見て、稲架が納得はいかないものの、そういうものなのか、と呟く。
「そういうものなんだよ。それより、そうと決まったら準備しようぜ」
「そうですね。儀式のことをもっと詳しく知りたいですし、衣装なども確認したいです。祠から脱出したあと、村から出て行くまでの算段も必要ですし」
そのままの勢いで稲架を押し切ってしまおうと、トンボと昴が畳みかける。
「…本当にいいんだな? だったら、うちに来てくれ。儀式の衣装も一式あるし、なにより、両親と色白にも話をしないといけないしな」
稲架の言葉に、昴とトンボは目を合わせて、内心で、ヨシッ、と声を上げる。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。この恩は一生忘れないよ」
そう言う稲架に連れられて、昴とトンボは地底湖を後にした。