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5_地底湖の祠と村のしきたり

 稲架はざの後について歩くこと十五分ほど。

村を抜けた先に地底湖はあった。


 地下には珍しく周りを緑の木々に囲まれた湖は、透き通った綺麗な水をたたえていた。

湖の淵に立ち水底を覗くと、水草やその間を泳ぐ魚がよく見える。


 湖の中心に小さな島があり、祠が立っていた。

村から離れた場所にあることからも、ここが神聖な場所であることが見て取れる。


 その清浄な景色は七夜ななよの言うとおり、気分転換にはもってこいだ。

ここ何日かのバタバタした生活を思い出し、すばるは、ふぅ~、と深呼吸をする。


 と、そんな昴の肩にトンボが止まる。

そして、昴だけに聞こえるように、ごく小さな声で呟く。


「昴、ビンゴだ」

「えっ?」


昴も稲架に気が付かれないように、湖を眺めたままの体制でトンボに聞き返す。


「座標だよ。あの祠が座標の場所だ」

「えぇ?」


「こら! 静かにしろって!」

「……ごめん」


 思わず大きな声を上げかけた昴をトンボが窘める。


「どうだ? 綺麗だろ? この湖は村の護り神なのさ」


 そんな昴たちの様子に気が付くこともなく、稲架が声をかける。

その様子は湖を自慢しているはずなのに、どこか浮かないようだった。


 とはいえ、さっき会ったばかりの人間の事情などわかるわけもなく。

それよりも目先の問題を解決すべく、昴は稲架にたずねた。


「祠があるんですね。折角なので、あの祠にお参りに行きたいのですが」

「あぁ、あの祠には行けないんだ。お参りは湖の淵からするんだよ。ほら、そっちに鳥居と賽銭箱があるだろ?」


 稲架の指差す先に目をやると、小さな赤い鳥居と賽銭箱が見て取れた。

確かに湖の淵から小島に向かって、橋がかかっているわけでもなく、船も見当たらない。


「そうですか。目の前に見えるのに残念です。祠に渡る方法はないんですか?」

そう簡単に引き下がるわけにいかない昴は、なおも稲架にたずねる。


 と、稲架の顔色が変わった。

不味いことを聞いてしまったかと昴は後悔したが遅かった。


「だから、行けないんだよ!」

穏やかな態度から一変、いきなりの稲架の怒声に昴もトンボも息を飲む。


「あ、あの、すみませ……」

何とか謝ろうとする昴の姿に、稲架がハッとする。


「あっ、すまない。あの祠には行けないんだよ」

「いえ、私こそ不躾にすみません」


 そう言って頭を下げる稲架に、昴も頭を下げる。


「そうだよな。何も知らないんだもんな……」

ポツリと呟いた後に稲架が少し緊張した面持ちで昴とトンボを見つめる。


「なぁ、少し、俺の話に付き合ってもらってもいいか?」

「? えぇ、もちろん」


 急な申し出に昴が首を傾げつつもそう答えると稲架は、座るか、と言って、湖のほとりにある比較的大きな岩を指し示した。

昴が座ったことを確認して、少し距離を置いて稲架も隣に腰かける。


「……なぁ、昴、お前、いくつだ?」

「えっ?」


 湖を見つめたまま唐突に投げかけられた稲架の質問に、年齢までは設定を考えていなかった昴は答えに詰まる。

でも、質問の答えを待っていたわけではなかった様子の稲架は、言葉を続けた。


「お前と同じくらいの妹がいるんだ。年が離れているからよ。妹って言うより、半分娘って感じでさ。あいつが赤ん坊の時にはミルクやったり、夜泣いて仕方ないときには俺があいつをおんぶしてこの湖に散歩にきたりもしたんだ。自転車の練習だって、縄跳びだって、俺が教えたんだ」


 急に始まった昔話に話が見えてこない昴は戸熒惑いつつも、稲架の真面目な顔に黙って話を聞くことにした。


色白いろしろって言うんだけどさ。名前のとおり透けるような白い肌で、大きな黒い目をしててさ。身内の俺が言うのもなんだけど、将来は相当な美人になると思うんだ。最近は母ちゃんの手伝いで料理や裁縫もするようになってきていて、絶対村一番の嫁さんになると思うんだよ」


「自慢の妹さんなんですね」

昴の相槌に稲架はなぜか悔しそうな顔をする。


「あぁ、自慢だよ。でも、あいつの花嫁姿を見ることはないんだ」

「えっ?」


 話が全く見えてこない昴は、稲架の言葉と態度に疑問の声をあげた。


「この村は湖に住む水神様に護られている。水神様様にお祈りをするようになってから、この村では落盤事故が一度も起きたことが無いんだ。すごいだろ。一度もだぜ」

「それは確かに凄いですね」


 地下の町は当然のことながら地下を掘り進んで作られる。

どの町も落盤事故は常にすぐ隣にある脅威だ。


 落盤事故が一度も起きていない町なんて聞いたことがなかった。


「だから村は水神様に巫女を捧げるんだ。水神様様への感謝と変わらぬ護りを祈ってさ」

「えっ? 捧げるってまさか……」


 稲架の言葉に続く事実が想像できてしまった昴は、信じられないという顔をした。

この科学の発達した世界でそんな非科学的な風習がなおも生きているなんて、そんな事が。


「そう、祠から湖に身を沈めるんだよ。……次の水神様の巫女は色白なんだ」


 衝撃の告白に昴もトンボも何も言えずにただ稲架を見つめることしかできない。


「水神様の巫女だけだよ。あの祠に行けるのは。三日後、小舟に乗って色白は一人で祠に渡るんだ。村のみんなに見送られてさ」


 稲架は湖を見つめたまま淡々と話を続ける。


「名誉なことなんだよ。今までずっと続いてきた習わしだ。村を護る大切な役目だ。わかっているんだけどさ」


「悪かったな。さっきは大きな声だしちまって。そう言う訳だから、祠には行けねぇんだよ」


 そう言うと稲架は岩から立ち上がって、大きく伸びをした。

静かに話を聞いていた昴は、そんな稲架に向かってポツリと呟く


「その水神様の巫女。私が身代わりになっては駄目ですかね?」


「「はぁ?」」

昴の突拍子のない言葉に稲架とトンボが同時に声を上げた。 

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