4_自警団と中二病
「お世話になりました」
「こっちこそ助かったよ。近くを通ったらまた寄って。昴たちなら、いつでも大歓迎だよ」
結局、一週間ほど七夜の修理屋で働かせてもらった昴とトンボは、旅の資金も十分に確保できたので、次の町を目指すことにした。
七夜を紹介してくれた燃料屋の主にも挨拶をして、P-9280を後にする。
「さて、行ってみるか? P-6761の地底湖とやら」
街道をのんびりと走り出した昴にフロントバスケットからトンボが声をかける。
「そうですね」
トンボの言葉に昴はうなずく。
自分たちの旅の目的を考えると寄り道をしている余裕はない。
でも、七夜の言葉によるとP-6761はここから西にあるということなので、通り道なら構わないだろう。
それに地底湖も、正直、少し気になる。
なんて、トンボに言うと馬鹿にされそうなので絶対に言わないけれど。
そんなことを思いながら昴は西を目指して走り出した。
途中の町で燃料の補給をしながら、走り続けること数日。
辿り着いたP-6761は、昴たちの住んでいたP-2768や、七夜の修理屋のあったP-9280よりも小ぢんまりとした、町というより村に近い場所だった。
「……目立ってますよね」
村に入って早々に、スクーターを押して歩く昴が、フロントバスケットに入ったままのトンボにおずおずと声をかける。
村の道は舗装されておらず、スクーターで走ることが憚られたのだ。
「なんか、まずそうだよな」
トンボもフロントバスケットの中から、村の様子を眺めてひそひそと返事を返す。
自分たち以外に旅人らしき人間は見当たらないし、何より、さっきから住人たちの視線が痛い。
地底湖は気になるが、これは面倒なことになる前に失礼したほうがいいかもしれない。
そう思った昴が元来た道を引き返そうとしたその時。
「おい! お前たち、何をしている!」
野太い声が昴の背中にかけられた。
「あちゃ~」
フロントバズケットからトンボの声が聞こえる。
あまりにタイミングの良い展開に昴もため息をつく。
逃げられるか、と一瞬考えたものの、スクーターのエンジンを切っていることに気が付いて早々に諦める。
自分たちは、流れの修理屋。いろんなものが見たくてのんびり旅をしている最中。
心の中で自分たちの設定を一度繰り返してから、出来る限り友好的な笑顔を心掛けて昴は声の主に向かって振り返る。
「はい、なんでしょう? 私たちは修理屋をしながら旅をしている者です。こちらに珍しい地底湖があると聞いて寄っただけですが、ご迷惑なようですので早々に失礼いたします。では、さようなら」
一気に捲し立てて踵を返す昴に、声をかけた男性は目を丸くする。
ちなみに、振り返った昴の前には、かなりいかつい三人の青年が立っていた。
声をかけたのは真ん中に立っている男性で、手には護身用の槍が握られている。
他の二人の手にも同じデザインの槍が握られている。
後からわかったことだが、彼らは村の自警団で、槍は自警団で揃いで用意しているものだった。
「お、おう。別に迷惑じゃねぇよ。見かけないガキがいるって聞いたから、迷子か家出かと思ってきてみたんだが、旅の人だったか」
青年の言葉に昴は思わず脱力する。
また子ども扱いか!
博士に会ったら絶対文句を言ってやる。
そう心の中で悪態をつきつつも、そんなことは一切顔に出さずに昴は再度青年に向かって答える。
「そうでしたか。それはお手数をおかけしました。迷子でも家出でもありませんのでご心配なく。では、私たちはこれで」
「おいおい、だから迷惑じゃねぇから大丈夫だって!……って、私たちってどういうことだ?」
もう一度踵を返し、今度こそさっさと元来た道を戻ろうとした昴の肩を青年のごつい手が掴む。
しまった。
トンボはフロントバスケットに隠れたままだ。
この状態で「私たち」は明らかにおかしい。
このまま無視して立ち去ってしまおうかと思ったが、青年の手を振り払うには自分はいかにも非力だ。
その上、三人のいかつい青年を振り切るなんて、考えるまでもなく不可能だ。
「どういうことだ? お前、一人だよな?」
昴は渋々、訝し気な声を上げる青年を振り返る。
「え~っと、それはですね……コレです。彼と二人で旅をしていまして」
仕方ないと昴はフロントバスケットからトンボを取り出す。
「……ドローンか? 不思議な形をしているが」
「ドローンと旅?」「ドローンを彼?」「機械が友達……」
昴が取り出したトンボを見て、三人の青年がヒソヒソと何やら話始める。
気のせいか青年たちの昴を見る目が若干生暖かくなったように思える。
そんな様子に気が付いた昴は慌てて説明を続ける。
「あの! トンボはただのドローンではないんです! 言葉も話しますし、きちんと自我が!」
「ドローンに名前……」「ドローンと話ができるって……」「まだ若いのに……」
昴が説明すればする程、青年たちの昴を見る目がどんどん優しいものになっていく。
「だから、違います! 私は機械が友達のイタイ人間ではありません! っていうか、トンボ! 面白がってないで話しなさい!」
「少年、待ちたまえ。君の気持ちはよくわか……」
「ははっ! おもしれぇ~! 昴、お前、完全に中二病ってやつだぞ!」
「トンボ! あなたのせいでしょ!」
「「「えぇっ!」」」
急に流暢に話し始めたトンボに青年三人は目を丸くする。
「驚かせて悪いな。俺はトンボ、こいつは昴。あんたたちは?」
「驚いた。本当にしゃべるんだな。俺は稲架。この村の自警団のリーダーをやっている。こいつらも自警団の仲間だ」
稲架は自分の自己紹介をしながら、一緒にいた二人も紹介する。
返事をしたものの、話をするドローンがよほど珍しいのか、稲架たちは半信半疑といった顔でトンボを眺めている。
「へへっ、そんなに俺が珍しいか? そうだろ! そうだろ! 俺は超優秀なドローンだからな。昴が旅をできているのは俺のお陰……ぐふっ」
「誰のお陰ですって? 誰のせいで中二病の疑いを掛けられたのだと!」
調子に乗ってペラペラと話すトンボを昴が叩き落そうとする。
「すごいな……ところで昴にトンボ。お前たち地底湖を見に来たって言っていたよな? よければ案内するぜ」
感心したように昴とトンボのやり取りを見ながら、稲架が声をかける。
その言葉に昴は少し驚いた顔をした。
村の様子を見る限り、てっきり、よそ者は迷惑だ、とでも言われて、早々に出て行くことになると思っていたのだ。
「えっ? いいんですか? ご迷惑なのでは?」
「だから迷惑なんかじゃねぇよ。こっちこそ悪かったな、驚かせて。こんな小さな村だ。旅人なんてくることないから慣れてないんだ。別に旅人が嫌いってわけじゃないから気を悪くしないでくれ」
そういうと稲架は、仕事に戻るという二人と別れて、昴とトンボを地底湖まで案内してくれた。




