3_勘違いと地底湖
「お疲れ。はい、今日の報酬ね」
修理屋のシャッターを閉めた七夜は、レジから何枚か紙幣を取り出して昴に差し出す。
「明日はどうする? それと今夜の宿は? 作業場の隅でよければ使ってもいいよ」
そう言いながら、紙幣を受け取らない昴に気が付いた七夜は、軽く眉間に皺を寄せる。
「えっ? 足りない?」
その言葉に、昴が、ハッ、と我に返る。
「あっ、そう言う訳ではないんです。えっと、今日はこの町でしばらく修理屋させてもらうためのご挨拶にきただけでして」
慌てて答える昴に七夜は目を丸くする。
「えっ、そうだったの? なんだ、早く言いなよ」
「……えっ、あ、すみません」
言わせてくれなかったのはどっちだ、と思いつつ、昴は七夜に頭を下げる。
「まぁ、これは受け取っておいてよ。手伝ってもらったことに変わりはないしね」
そう言われて、昴はありがたく差し出された紙幣を受け取る。
時間はかかってしまったけれど、とりあえず挨拶は済んだので失礼しようと自分のスクーターに向かう昴とトンボに、七夜が声をかける。
「ねぇ、明日からどうすんの?」
「えっ、あ、町の大通りででも修理屋をさせてもらおうかと」
そう答える昴に七夜が更にたずねる。
「道具はともかく、修理のための部品は? 随分身軽そうだけど」
「あっ……」
そうだ。修理の部品。
全然考えていなかったことが丸わかりの昴の様子に七夜が苦笑する。
「昴、あんたどうやって今まで旅してきてたの? よければ明日もうちで働けば? 一人で修理屋やることにこだわりがあるなら別だけど」
それに、と七夜は言葉を続ける。
「言っておくけど、この時間じゃ、宿屋はもう一杯だよ。もう部屋を確保してるんなら止めないけど」
確保してないことを見透かしたような七夜の言葉に、白旗を先にあげたのはトンボだった。
「悪ぃけど、しばらく世話になってもいいかな? 実は懐がほぼすっからかん状態なんだ」
「ちょっ、トンボ! いくらなんでも、ぶっちゃけすぎでしょう!」
あまりにあけすけなトンボの言い方に昴が慌てる。
初めてお会いした方にそこまで甘えるわけにはいかない。
「えっと、あの、部品を取り扱っているお店さえ教えていただければ、明日にでも……」
そう言って恐縮する昴に七夜が豪快に笑う。
「無理しなくていいって。私も手伝ってもらえるなら助かるし、ベッドまでは用意できないけど、そこの応接用のソファ使っていいよ。昴の体格なら十分でしょ。後で毛布持ってきてあげる」
「……すみません」
倉鍵と言い、七夜といい、燃料屋や修理屋にはお人好しが多いのだろうか? と思いつつも、正直ありがたい申し出に昴は素直に頭を下げることにした。
今のところ、『仮称楽園計画』の人間が追ってきている気配もないし、今日一日見ていて、七夜がこの町で長く仕事をしてきていることは察しがついた。
さすがに七夜が役人の扮装とは考えにくい。
「素直でよろしい。シャワーは二階だから、とりあえずついて来て。簡単でよければ夕ごはんもつけるよ」
その言葉に、昴はリキッドしか食べられないことを告げ、シャワーだけありがたくお借りすることを伝える。
「げっ、それはご愁傷様」
今までの人たちと同じように同情の目を向けつつ、七夜はシャワーに案内してくれた。
「ほぅ……」
シャワーを浴びた昴は、作業場に置かれたソファに腰かけて一息つく。
あたりを見回すと、倉鍵の店で南斗と過ごした夜によく似ていて、南斗の不在が余計に感じられた。
倉鍵はP-7707で昴たちを泊めてくれた燃料屋だ。
見かけによらず料理上手で、見ず知らずの自分たちに随分良くしてくれた。
南斗は旅の途中で偶然出会い、強引に一緒に旅をすることになった少女だ。今は訳あってP-8517の診療所で治療を受けている。
P-8517を出るときに倉鍵に挨拶をしていくことも考えたが、南斗のことや、それ以外の複雑な事情を考えると足が遠のいて、そのまま次の旅にでてしまった。
「目覚めますよね……」
「当たり前だろ」
トンボも同じことを考えていたようで、ポツリと呟いた昴の言葉にすぐに答える。
揃って作業場を見回しながら、なんとなくしんみりとしてしまった。
「はい、毛布……ってどうした? そんな神妙な顔して」
そんな所に毛布を持ってきてしまった七夜は、昴たちの暗い顔に驚きの声を上げる。
「えっ、あっ、いえ。毛布、ありがとうございます」
「まぁ、昴の歳で旅なんて、楽しいことばっかりじゃないか」
慌てて毛布を受け取ってお礼を言う昴に七夜が勝手に何か納得したような顔をする。
「ねぇ、あんた達の旅って急いだりする?」
七夜の言葉に、どう答えたものか、と昴は答えに詰まる。
本来の目的を考えれば当然急いではいるのだけれど、正直に答えて理由を聞かれても困る。
「なんでだよ?」
逡巡している昴を見て、トンボが先に答える。
「いや、急がないならP-6761に行ってごらんよ。ちょっと珍しいものがあるんだ」
「珍しいもの……ですか?」
そう言われて、『楽園の入り口』の話を思い出し、昴は眉間に皺を寄せる。
それは旅人を町におびき寄せるための作り話で、その話のせいで多くの旅人が病に冒されることになったのだ。
「まさか楽園がらみじゃねぇよな?」
トンボの言葉に七夜が笑いだす。
「あぁ、『楽園の入り口』のこと? 違う、違う。あんな眉唾な話じゃなくて、P-6761には地底湖があるのよ」
「地底湖?」
やっぱり多くの人は眉唾と思っていたのか、と思いつつ、聞きなれない言葉に昴は首を傾げる。
「そう。地下にある湖。まぁ、水が溜まっているだけって言ったらそれまでなんだけど、ちょっと珍しいでしょ? 時間があるなら行ってみなよ。気分転換にはいいかもよ」
「へぇ、P-6761って遠いのかよ?」
トンボの言葉に七夜がこの町から西に二つ先の町だと答える。
丁度、西に向かっているところだった昴とトンボは、奇妙な偶然に顔を見合わせつつ、寄ってみる、と答えて、その日は休むことにした。