1_取り越し苦労とお調子者の相棒
地下の町をつなぐ街道を一台のスクーターがのんびりと走っていく。
スクーターを運転するのは、昴と名乗る少年。
律儀に被ったヘルメットから、ぴょんぴょんと短い銀髪がのぞいている。
本当は綺麗な銀色の目をしているのだが、縁の太い黒縁眼鏡の印象が強く、その目に気が付くものは少ないだろう。
スクーターのフロントバスケットにはトンボと呼ばれたドローンが入っている。
「トンボ、一つ聞いておきたいことがあるんです」
前を向いたまま昴がトンボに話しかける。
「なんだよ? メシか?」
「なんで私が食事をするんですか」
トンボの一言に昴は呆れた顔をする。
せっかく真面目に話をしようとしているのに、この相棒はどうして一言ふざけないと気が済まないんだか。
そう、スクーターを運転する少年は実は人間ではない。
ついでに言うなら少年でもない。
少女の姿をしたアンドロイド。それが、昴の本当の姿だ。
今は訳あって、人間の少年のふりをして旅をしているけれど、食事も睡眠も必要はない。
そのことは相棒のトンボだって百も承知だ。
「私と旅をするのは怖くありませんか?」
気を取り直して昴はたずねる。
先日訪れた町で昴は自分に恐ろしい力があることを知った。
自分でもコントロールできないそれを、トンボは間近で見てしまった。
その後もバタバタとしていて二人きりで話す機会がなかったから聞けずにいたが、一度きちんと聞いておかなければと思っていた。
自分ではコントロールできない力だ。いつトンボにも危険が迫るかわからない。
「そりゃ、怖いよ」
告げられたトンボの言葉に、やはり、と思いつつ、昴はハンドルを握る手が強張るのを感じていた。
どこかで期待していたのだ。
このお調子者だけれど、存外情に厚い相棒が、何言ってんだか、と笑い飛ばしてくれるのを。
「そうですか。では、次の町でトンボはP-2768に……」
P-2768は昴たちがもともと暮らしていた町だ。
トンボ一人で修理屋をやるのは難しいだろうが、懇意にしていた雑貨屋の葉室の所に身を寄せるなりなんなり、暮らしていく方法はいくらでもあるだろう。
なんなら、先日までいたP-8517で羽白たちの診療所にお世話になってもいい。
そこには旅で知り合った南斗という少女も治療を受けている。
いつか彼女が元気になったら、彼女と旅をするのもいいだろう。
陽気な彼女なら、自分よりトンボにあっているかもしれない。
仕方のないことだ。誰だって未知の存在は恐ろしい。それが本人もコントロールできない強大な力なんてものだとしたら尚更。
トンボを責めるのはお門違いだと、努めて平静を装う昴の言葉をトンボが遮る。
「前から言おうを思ってたんだけどよ。もうちょい真っすぐ走れねぇの?」
「……はい?」
予想外の言葉に素っ頓狂な声が昴の口から洩れる。
「だから、スクーターの運転だよ。いやさ、いくらアンドロイドっつったって何でもできるわけじゃねぇ。初心者だから仕方ねぇと思って黙ってたんだけどよ。ふらふら~、ふらふら~って。正直、怖ぇよ。フロントバスケットで何度悲鳴を飲み込んだことか」
「トンボ……」
「だから、余計な事、気にしている暇があんなら、ちゃんと前見て走れよ! ただでさえ下手なんだからよ!」
ほらまたふらついてんぞ、と、続けるトンボに昴は呆気にとられる。
呆気にとられた後で笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
不機嫌そうにつっこむトンボに昴は、ありがとう、の言葉を飲み込んだ。
自分は何を不安に思っていたんだろう。そんな奴じゃないことは自分が一番わかっていたはずなのに。
「いえ。それより次の目的地までどのくらいですかね」
少しわざとらしいかな、と思いつつ話を変えた昴に、今度は茶化すことなくトンボが答える。
「直線を行けるわけじゃないからなぁ。とりあえずP-8517のときより遠いのは確かだな。っていうか、なんで座標が変わったんだ?」
葉室の部屋で確認した座標は確かに北を示していた。
それに、葉室から黒い石は渡されていたので、旅の途中で何度も確認することはあったが、示された座標が変わることなんてなかった。
でも、羽白の診療所で昴が休んでいる間に座標が変わっていたのだ。
「それなんですけど、一つ思いついたことがあるんです」
「なんだよ?」
「もしかしたら、その座標は流れ星のある場所なんじゃないですかね」
昴の言葉にトンボが、どういうことだよ、と聞き返す。
「P-8517にあった鴇色の鉱石、あれが流れ星だったと仮定します。それを私が砕いてしまったことで、座標が別の流れ星の場所を示すものに変わった、とか」
「じゃあ、葉室がくれた黒い石は、流れ星の場所を教える探知機みたいなものってことか?」
「多分。……と言っても、鴇色の鉱石が本当に流れ星だったかがわからないのでなんとも言えませんが」
あの後、糸掛に役所の保管庫を見せてもらったが、羽白の言っていたとおり、鴇色の鉱石は跡形もなく消えていた。
欠片でも残っていれば、黒い石の成分と比較するなり、何かしらできたのだろうが。
「まぁ、次の場所に流れ星があればビンゴって話か」
そう言うトンボに昴は、そうですね、とうなずく。
それにしても、あの鴇色の鉱石はなんだったんだろう。
南斗と羽白は鉱石の声を聞いたらしいが、その場にいた自分もトンボも全く聞こえなかった。
羽白の言うとおり、鉱石が人間の夢を集めているものだから、人間ではない自分たちには声が聞こえなかったという事なのか?
博士が葉室に残した黒い石には座標が隠されていた。
鴇色の鉱石は人間の夢を集めていた。
もし、流れ星にはそれぞれ不思議な力があるとしたら、博士はその力を集めていたのか?
それとも、何か特定の力をもつ流れ星を探していたのか?
今、座標が示す先にあるのが流れ星なら、その流れ星にも何か力があるのだろうか?
際限なく湧き上がってくる疑問に昴は頭が痛くなってくる気がした。
「おい。だから、前見ろって」
「えっ?」
トンボの声に昴は、ハッと我に返る。
「余計なこと考えてないで、真っすぐ走れよ」
沈黙した自分をまだ落ち込んでいるのだと勘違いしたらしい相棒の言葉に昴は苦笑する。
「ですね。失礼しました」
考えたって仕方ない。今は前を向いて走ろう。
こうやって一緒に走ってくれる相棒がいるのだから。
何笑ってんだよ、と、もう一度呟くトンボの声を聞きながら、昴は前を向いて走り出した。
第三章、突入です!
トンボって本当にいい奴なんです。