11_暇つぶしと天女の踊り
「う~ん。ひ~ま~」
羽白に言われたとおり診察室の隣の部屋で待っていると、南斗が何度目かわからないうめき声をあげた。
小さな台所のついた部屋は休憩室のようだ。
「静かにしてください。待っているしかないでしょう」
これまた何度目かわからない返事を昴がする。
「だって~。何もすることないんだもん」
南斗は不貞腐れてテーブルに突っ伏す。
「そういや、南斗。お前、踊りで食ってきたんだろ。見せてくれよ」
頭上でくるくると回っていたトンボがふとそう言うと、南斗がトンボを見上げる。
「あたしの踊りは暇つぶしじゃない!」
「はいはい、そうですか」
「……って言いたいところだけど、いいよ。これ以上、何にもしないで待つなんて無理! ちょっと待ってて!」
「なんだそりゃ」
そう言うや否やリュックサックを漁りだす南斗を見ながら、トンボが呆れた声を上げる。
「本当はちゃんと衣装を着てやるんだけど、とりあえず今日はこれだけね」
そう言って振り返った南斗の手には、いくつもの鈴が付いた棒が握られていた。
「なんですか、それは?」
「見てみる?」
南斗はそう言うと鈴のついた棒を昴に渡す。
棒は全長30cm程度。上半分に三段に分かれて付いている。
下半分が持ち手になっていて先には幅広のリボンのような布が何枚か重ねてつけられている。
「リュックサックから聴こえていた音はこれでしたか」
道の悪いところを走る時など、南斗のリュックサックから微かに鈴の音がしていることには気が付いていたが、これだったのかと昴は一人納得する。
「ごめん。うるさかった? 一応、布に巻いておいたんだけど」
申し訳なさそうな顔をする南斗に、微かにしか聴こえなかったし問題ない、と言って、昴は鈴を南斗に返した。
「さて、いっちょやりますか!」
そう言うと南斗はその場に立ち、ふと俯く。
片手に鈴、反対の手にリボンの端を持ち、何かに祈るように両手を掲げる。
そして……
シャンッ
鈴の音が鳴った瞬間、その場の空気が変わった。
「これは……」
「すげぇ……」
シャン、シャン、タン、シャン、シャシャン
鈴の音に合わせて、南斗は舞い、足音がさらにリズムを刻む。
南斗の腕が優雅な曲線を描き、足が地面を蹴り、その身の重さを感じさせない軽やかさで舞い上がる。
その軌跡を色とりどりのリボンが流れるように追っていく。
普段の南斗とは打って変わった浮世離れした姿に、昴とトンボは息を飲んでただ見入った。
タン
南斗の右足が最後のリズムを刻むと、部屋が静寂に包まれる。
「「ほぅ……」」
昴とトンボがため息ともつかない感嘆の声をもらす。
「見事なものだな」
「「えっ?」」
突然、背後から聞こえた羽白の声に昴とトンボが驚きの声を上げる。
「でしょ?」
入り口の方を向いていた南斗は羽白たちが戻ってきたことに気が付いていたようで、自慢げに笑ってみせた。
「すごいです! 天女みたいでしたよ!」
羽白と一緒に戻ってきた安曇も南斗に拍手をする。
「本当はちゃんと衣装を着て、歌もつくんだよ。雨夜の歌と一緒になったあたしの踊りはそれこそ夢のようだって大人気だったんだから」
「おいおい、自分で言うなよ。ってか、本当にさっき踊っていたのと同一人物かよ」
どや顔で胸を張る南斗を見てトンボがため息をつく。
その言葉に昴も大きくうなずく。
「そんなことより、安曇、どうだったのよ?」
昴とトンボの様子に不満そうな顔をしたものの、本来の目的を思い出した南斗が安曇にたずねる。
「そのことですが……」
さっきまで南斗の踊りに笑顔を見せていた安曇の顔が曇り、口籠る。
「それについては私から話させてもらおう。狭くて悪いが適当に座ってくれ」
羽白の言葉でそれぞれが場所を見つけて席に着いた。
緊張した空気の中、その場の全員の視線を集めた羽白は徐に口を開いた。




