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第4話 椿だけの過去

 椿は合気道の一派である凰花流の本家の子としてこの世に生を受けた。

 凰花流の歴史は長く、合気道の創始直後に創られた由緒正しき流派なのだ。

 しかし、門外不出の武術として何故か凰花家以外の人間には使用できない。



 他の流派との決定的な違いは代々当主が女性であるという事。

 凰花家初代当主兼凰花流創始者がこのような掟を作ったと言い伝えられている。

 そして現在の凰花家はというと、椿の母親が八代目当主を務めている。



 次期当主が確約された凰花の女子は十六歳の誕生日が過ぎれば決められた男性と結婚して子を成す掟がある。

 椿の母親は妊娠に気付く事なく、当主としての仕事に邁進する日々を送った。

 一息ついた時にようやく異変に気づき病院で検査を受けた結果、子供がいることを知ったのだ。

 娘ではなく、息子を宿しているという事実を。



 凰花家には娘しか産まれない。

 これは偶然か必然か。

 これまでの歴史で男が生まれたという記録はない。極めて異例の出来事だった。



 そして椿が生まれた。

 最初は母親自らが子育てを行ったが、当主の仕事が忙しくなると椿を先々代、つまり椿にとっての曾祖母に預けた。

 当主の子が男であり、それ以来子供ができないとなると親族からの風当たりが徐々に強くなった。

 それでも当主の座を下りなかったのは椿の母親が類い希な才能を持ち、他者を寄せ付けない圧倒的な強さを誇っていた事と、後ろ盾である先代当主の存在が大きかった。

 以上が椿の知りうる過去である。



――母親は俺から逃げたのだ。自分の子よりも地位と名誉を取ったのだ。



 椿の心情はこのようなものだった。



――お前が女であれば。



 これは、おぼろげな記憶。母親と祖母から罵られる言葉。

 曾祖母の家で育てられた椿の元には、母親とは別の女性が来訪していた記憶もあるが、それが誰なのか椿は明確に覚えていなかった。

 そして曾祖母との生活が続き、椿は十歳の誕生日を迎えた。



――お前に凰花流を授けようと思う。



 母親も祖母も男の椿には武術を教える気はなかった。

 だからこそ、曾祖母にそう言われた時にはとても喜んだ。

 凰花流には基本的な11~100までの型と、さらに強力な三から十までの型が存在する。希に修行をしていると体内の神経が視えるようになる女子がいる。

 第二の型は視える者のみに教える。

 第一の型は当主になった者のみに教える。

 当主を継ぐ者は神経が視える事が絶対条件なので、早い話が当主になれば全ての型を習得する事になる。

 


 神経は視えるが当主になれなかった者は医者になることが多い。

 元々、神経が視えているのだから医学的な知識を身につけさえすれば天才的な医者の出来上がりという訳だ。

 凰花家は病院を所有しており、医学界のトップに君臨する親戚もいる。



 椿は曾祖母の指導を受けて必死に修行をした。

 その甲斐あって四年後に11~100までの型を自分の物にした。

 その後、どうせ使えないのだから型だけでも教えてくれと頼み込み、三から十までの型も教わったが、全く扱う事が出来なかった。これは性別、特に骨格による影響だと曾祖母から説明を受けた。

 第二の型の時は流石に渋っていたが無理を言って教えて貰った。

 ここまでで椿は十五歳になっていた。

 この流れで第一の型もと言ったがこればかりはやはり教えてくれなかった。



 椿は凰花家の本家に忍び込み、第一の型について書かれた書物が保管されている蔵を物色した。

 本家の者に見つかった時の事も考えていたが、この日に限り警備も手薄で難なく忍び込む事に成功した。

 何故、こんなにも楽々と事が進むのか。そんな疑問はあったが、必要以上に警戒しない事にして計画を進めた。

 ようやく見つけ出した書物には一通りの構えの後に以下の文が書かれていた。





 凰花流合気柔術、第一の型・絶輪ゼツリン

 凰花家・凰花流の当主にのみ伝える秘術にして、相手には確実な死を己には苦痛と絶望を与え続ける禁術。

 苦痛が紛れた時、人が一番絶望する形となり己を襲うこととなる。

 絶輪を使用した者は死後、極楽浄土へは逝けず地獄へ落ちる。





 合気道の基本理念は、力による勝ち負けを否定する事、技を通して敵との対立を解決する事。

 しかし書物には相手を確実に殺してしまうと書かれていたのだから相当危険な技だと理解した。

 母親や祖母は勿論だが、この事は曾祖母にも秘密にしておいた。

 こんな技を当主になった人達が知っている事が怖くなったのだ。

 その事実を知ってから曾祖母と少し距離を置いた。それが十六歳の時だった。

 しばらくの時が経ち、曾祖母は病気になり病院生活を余儀なくされた。

 距離を置いていたとは言え、やはり心配だった椿は毎日見舞いに行ったが、ある日、病室を去ろうした椿は手を握りしめられた。




――絶輪のことは誰にも話してはいけないよ。




 椿の背中を冷や汗が伝った。

 すべてお見通しだった。知っていながら何も言わなかったのだ。

 それからはあっという間だった。

 最期の言葉を椿に伝え、曾祖母の人生は幕を閉じた。



 曾祖母が亡くなった後、椿は曾祖母の家を出て一人暮らしを始めた。

 財産のほとんどを譲って貰い、お金には困らなかったが一人での生活は寂しかった。

 以来、実家には顔を出していない。

 曾祖母に言われた通り、今まで以上に人前で笑うようになった。

 他人とのコミュニケーションも取るように努力した。いつ自分を必要としてくれる人が現れても良いように。




 これが椿の隠された過去の全てだ。

 誰にも話した事のない。

 普通とは異なる過去を初めてさらけ出した。

 彼女達はどのような反応を示すだろうか。そんな不安はすぐに消え去る事になる。



「お前の曾祖母は素晴らしい方だな。そんな人に育てられた事を誇りに思えよ」


 先程まで激戦を繰り広げた空璃が真剣な表情で第一声を発した。

 同情もなく、共感もなく、ただ話を聞いてくれただけだった。

 椿にとっては重要な話だが、他者にとってはどうでも良い話。

 しかし椿はそれに気付かずに年を重ねていた。少し気持ちが楽になった気がした。

 椿は窓のある所まで歩き、窓を開ける。

 夕日を浴び、女の姿になった椿は皆の方を振り向いた。



「今は女の子になれる。だから大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるように告げられた言葉。

 その時の表情は惚れ惚れする笑顔だった。



「これから私達は仲間よ。敬語はやめなさい。私が許可するわ。それから女の子の時は女の子の言葉遣いで女の子らしく振る舞いなさい。そんなに可愛い顔で男のような話し方だと萎えるわ」


 椿は窓を閉じ、鏡華の前まで移動して一礼したのだった。

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