知らなかった日常の裏側
景介視点です
「景介。」
「!父さん!」
柳田さんに連れられ、俺は病院で手術が終わるのを待っていた。
まだかまだかと焦れながら待っていると、おじさんと父さんが駆けてきた。2人の姿を見て、安堵から俺は号泣した。
「景介、よく我慢したな。」
「ひっ……うっうっく……っ。たか、貴斗……貴斗が……血、出てて……っ。」
「あぁ。貴斗なら大丈夫だ。あいつ、生命力強いからな。」
おじさんの力強い目に勇気付けられ、つっかえながらもなんとか状況を説明した。あの場面を全部見てて、説明できるのは俺だけだ。全部言うから、あの男に仕返ししてほしい。
「……そうか。分かった。景介、お前はなんともないな。」
「うん、俺はなんともないよ。」
「親父、やはり狙いは景介だったようですね。」
「あぁ……。」
「え、やはりって……どういうこと?」
父さんたちの会話に、疑問を感じ、聞き返す。
今日のは俺を狙ったものだったかもしれないのは分かってる。俺に向かってきたものだったし。でも、やはりって。俺が狙われたのは、おじさんも父さんも分かってたってこと?やはりって思う何かが、これまでにあったってこと?
俺が本当に分かってないことに気づいたのか、2人は驚いていた。
「……まさかあいつ、何も言ってねえのか?」
「そんな……。いや、確かに、景介は一切関わってませんね。」
「あんのバカ!悪い癖出しやがって……。」
2人の様子を困惑しながら見ていると、父さんが俺を連れて椅子に座った。その真剣な様子に、俺は何となく不安になり、父さんの顔を見つめた。
「……最近、坊っちゃんがよく怪我をしてたのは知ってるな。」
「う、うん。でも、貴斗、喧嘩って……。」
「……うまく言ったもんだ。坊っちゃんの喧嘩相手は、訓練された大人だ。」
「え……?」
父さんの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
訓練された大人ってことは、きっと茶戸の家と敵対してる組の人なんだろう。子どもに刃物を向けるのを厭わない、最低な部類の。貴斗はずっと、そんな奴等に喧嘩なんてしてたのか。やっぱ危ないことしてたんじゃないか。意味分かんない。
いつもヘラヘラ笑っていた貴斗を思いだし、怒りが込み上げてきた。
眉を寄せた俺に、父さんは固い声で続きを話した。
「景介、そいつらの狙いは坊っちゃんじゃない。お前だ。」
「……は?……いやいやいや……。父さん何言って…。俺、関係ないじゃん!」
「お前は坊っちゃんの友人ってだけで、十分関係あるんだよ。」
反論するも、父さんの怖いくらい真剣な目に、二の句を継げなかった。
その事自体は、おじさんにも父さんにも、貴斗にも言われていた。貴斗と一等仲のいい存在。それでいて、裏の世界にいるわけでもなく、喧嘩も強いわけでもない俺は、格好の獲物らしい。茶戸家を潰したい奴等は、貴斗たちに敵わないから、周囲を狙う。俺も十分狙われる範囲にいるとは聞いていた。
でも、まさかこんな急に……。こんな突然、命を狙われるものなの?
呆然とした顔で俺が色々考えていると、父さんが頷いた。
「今までも、お前は幾度となく狙われていた。それを退けていたのが坊っちゃんだ。……お前の様子を見る限り、お前には悟られないようにな。」
「……毎日、あんな奴を……。」
「坊っちゃんの意図は、私には分からん。が、推察するに、お前を怖がらせたくなかったんじゃないか?」
父さんは、貴斗のいる手術室の方へ目を向けて言った。
「坊っちゃんのいる世界は、とても普通の人間のいられる場ではない。それを、坊っちゃんは誰より分かってる。」
「……。……で、でも、俺も分かってるよ。」
「お前のは知ってるだけで、分かってるとは言わない。」
父さんに断言され、言葉に詰まった。
確かに、俺は裏世界のことは貴斗たちに聞いてただけだ。体験したわけではない。怖い世界っていう事実を知ってるだけで、どう怖いのかは分かってないのかも。
俺が父さんの言ったことを理解したのを見て、父さんは話を進めた。
「あの世界のことを分かってないお前が、ああいった奴等に狙われてると知って、恐れたら。普通に考えれば、遠ざかろうとする。それが、嫌だったのかもな。」
「遠ざかるって……。」
「お前は坊っちゃんの友人だろう。」
「……そのせいで、貴斗は1人であんな奴の相手してたの?」
友人。たったそれだけのことで、あんな無茶してたなんて。
俺は手術室の方を睨みつけた。
貴斗の奴……。馬鹿だ、貴斗はすごい馬鹿だ。俺を見くびりすぎだ。たったそれだけのことで、俺が貴斗から、一番の親友から離れるような奴だと思ってたなんて、俺を馬鹿にしてる。
「……父さん、やってほしいことがあるんだけど。」
そっちがそう考えてるなら、俺だって、俺に打てる手を打ってやる。




