俺が、ヒーロー……?
貴斗視点です
初音ちゃん視点で書いたプロローグを貴斗くん視点で書いたものです
~8年前~
「若、親父が帰り次第書斎に来るようにと。」
「んー、了解。昨日のかなぁ。ちょっとやりすぎちゃったんだよねぇ。」
珍しく隣に景介がいない帰り道。運転手の柳田と車で帰路に着いていた。いつも隣にいるはずの相棒の不在を少しつまらなく思いながら、俺たちの乗った車は、3丁目の公園に差し掛かった。
何の気なしにふと公園の方へ目を向けた俺の目には、ある光景が入ってきた。
「あ……。ね、柳田。車止めて。」
「え?はい。……若、何かござい……若!?」
「ちょっと行ってくるー。」
勢いよく車から飛び出し、公園内の男女3人のところへ向かう。見てみると、やはり女の子がからかわれているようだ。大方、男子2人組の持っている人形が女の子のもので、女の子が泣きながら取り返そうとしているといったところだろう。
俺は口元に笑みを浮かべた。ここはやっぱり、女の子の味方をしなくては。そうでなければ面白くない。俺は喧嘩がしたいんだ。女の子1人を甚振る側になっても、つまらないだろう。
そこからは早かった。最初に殴りかかってきたのは向こうだったが、俺が2回ずつ返すと、すぐにしっぽを巻いて逃げてしまった。肩慣らしにもならないそれに、若干の不満を残しつつ、俺は投げ捨てられた人形を拾って女の子の元へと向かった。
女の子は、体を縮込ませビクビクと怯えたように震えながらこちらを見ている。それを見て、俺は内心反省した。
またやってしまった。昨日の喧嘩でもやりすぎたのに、女の子ビビらせるまでやるなんて。でも、やってしまったものはもうしょうがない。せめて、怖くないことだけでもアピールしておこう。
そう考え直し、できる限り穏やかに見えるように顔の筋肉を動かし笑みを作った。普段こんな笑い方しないから、少し顔がひきつっている気がする。
「ねー、キミ。」
「!な、なんですか?」
分かりやすく肩を跳ね上げた女の子に苦笑しながら、俺は言葉を続けた。
「ふふっ、そんな怖がんないでよ。キミを取って食ったりしないからさ。キミになにかするつもりはないよ。これ、キミの?」
「う、うん……、私の、お人形……。」
膝をつき、女の子に目を合わせながら人形を指すと、女の子は頷いた。やっぱりあいつらにからかわれていたらしい。いらないお節介でなくてよかった。
俺の様子に安心したのか、緊張の解れてきた女の子に、俺も肩の力を抜いた。
「そっか、ごめんね。汚れちゃってる。もっと早く助けに入れたらよかったかな。」
「はわぁ……。お兄ちゃん、ありがと!助けてくれて!」
「え?」
人形の土を払っていると、目をキラキラと輝かせた女の子がずいっと身を乗り出してきた。
「お兄ちゃんは、私のヒーローだよ!」
「俺が……ヒーロー?」
満面の笑みで言われたのは、今までほとんど言われたことのない言葉だった。意表を突かれ、女の子の顔を思わず見ると、その表情も今まで向けられたこともないようなものだ。
俺を怖がらないのは景介だけで、他の子はみんな俺のことを怖がる。こんな風に誰かを殴った後は尚更だ。俺も周りの子に怖がられることをしてるのは自覚しているし、怖がられるのも当然と思ってる。なのに、俺がヒーローだって?
「うん!すごくかっこよかったよ。お兄ちゃん、強くて優しい私のヒーロー!ありがとう、お兄ちゃん。……あ、お礼!ね、お兄ちゃん、お礼!」
女の子の言葉が俺の頭の中でゆっくり処理され、少しボーっとしていると、目の前で女の子がオタオタと服のポケットを探ってはしょんぼり項垂れている。どうやら、俺にお礼をしたいらしい。慌てて俺が気にしないで、と言っても、女の子は譲らない。
「えぇ……んー、いーんだけどなぁ……。あ、じゃあこうしよう。手、出して。」
素直に手を預けてきた女の子の左手首に、俺は自分のつけていたブレスレットを回した。今着けているネックレスとペアのそのブレスレットは、女の子の身には少し大きく違和感もあるが、生憎こちらも渡せるものはそれしかない。これを目印に次会ったら、と約束を交わす。首元からネックレスを取り出し見せると、女の子はまたキラキラした目でじっとそれを見つめてくる。首元をじっと見つめられるなんて早々ない経験に、少し緊張しながら女の子を見ていると、満足するまで見たのか、そのままバイバイ、と言って走り出しそうになっていた。
「あ、待って!約束、なら、名前聞いてもいい?」
慌てて呼び止め出てきた自分の台詞に、女の子も驚いていたが、それ以上に俺は内心混乱していた。
俺は今何を言った。約束だから名前教えてとか意味不明すぎるし、そもそも女の子と約束なんて交わすべきじゃない。それでもし害が及んだらどうするつもりだ?
つい最近、俺の身近にいるからという理由だけで怪我させそうになった景介を思い浮かべ、苦々しい気持ちになった。俺は良くも悪くも周囲に影響を与えすぎてしまう。この子のためにも、危険な橋を渡らせないようにするべきだった。考えるより先に口を突いて出た言葉を後悔する。
しかし、そんな俺の胸中を知らない女の子は、笑顔で名前を告げてきた。
「私の?うん。私は初音。宇咲初音だよ。」
「はつね……初音、初音……。」
でも、そんな俺の後悔は、名前を聞いた瞬間霧散した。たった3文字のその名前がどこか素敵な響きに聞こえる。小さく初音、と呟くと、少しだけ鼓動が早くなった気がする。
「ねぇ、お兄ちゃんの名前は?」
期待で輝いた目で俺を見てくる女の子……初音の声に、慌てて表情を取り繕った。名前を知っただけで動揺したなんてカッコ悪いこと、知られたくない。
「俺、の?……俺の、名前は……貴斗。茶戸貴斗だよ、初音。」
「貴斗お兄ちゃん!分かった!バイバイ、貴斗お兄ちゃん。約束だよ。」
「うん……バイバイ、初音。」
走り去る初音を見つめながら、少し夢見心地で手を振った。姿が見えなくなるまで目が離せなかった。物陰で一部始終を見守っていたらしい柳田が声をかけてくるのも無視して、俺は呟いた。
「初音……。かわいい初音……。絶対、俺のモンにしてみせる……。」
帰宅し、親父の説教を受けるも、頭の中は初音一色だ。様子のおかしい俺に、母さんが話をしにきた。そして、これが何かを教えてくれた。俺は、あの短い時間で、初音のことを好きになっていたようだ。