うっ……俺の心は瀕死の状態だ
貴斗視点です
「初音、落ち着いた?」
「……はい。」
初音を抱き締め、10分ほど。その間ずっと、初音はリラックスしていた。あの文化祭の時とは大違いで、思わず胸が高鳴った。
これ、俺たち今、めっちゃ恋人っぽくない?
初音から動くことはないけど、安心しているように俺に身を任せてくれる状態に、顔がにやけてしまう。
危ない、今の顔を見られたら、絶対引かれる。
「あの……先輩。」
「ん?どうしたの?初音。」
「今日は、ありがとうございました。先輩が来てくれて、すごく安心したんです。」
上目使いにこちらを見上げ、俺に笑みを向けてくる初音に、内心激しい動悸を感じながら、何でもないように振る舞う。せめてもの見栄だけど、狼狽えてる無様なところは見せたくない。
「ううん。元はといえば、こっちの関係だったっぽいしね。初音、けがはしてない?痛いこととか。」
「掴まれたところは少し……。でも、大丈夫です。」
「……だめだよ、見せて。……赤くなってる。ごめんね、初音。痛かったよね。……もっと早く助けられたらよかったな……。」
初音の左手に残った痛々しい赤い手の跡に俺は歯噛みする。
卯次の奴等から守りきれなかった。こんなくっきりと手の形に跡が残るなんて、よほど考えなしの強い力で掴まれたんだろう。これは、間違いなく自分の至らなさの責任だ。自責せねば。
……とはいえ、あいつらが悪いことには変わりない。景介に、拷問は手加減なしでいいと通達しよう。
眉を下げ、労るように初音の左腕を撫でる。代わってあげられたらいいのに。
「大丈夫ですよ。今はもう、痛くないです。」
「……そっか。痛くなったら言ってね。」
照れたように顔を赤らめ笑う初音に見惚れつつ、初音の腕を離す。もちろん、動悸は一層強まった。
こんなかわいい存在、他にいる?
「……先輩のおかげで、全然痛くないですよ。」
「……初音……。そ、そろそろ戻ろっか。その、みんな待ってるだろうし。」
だめだ、これ以上は心臓が持たない。耳が燃えるように熱い。頭が茹だりそうだ。
初音のかわいさに、俺は敢えなく撤退を選んだ。
……いや、これは戦略的撤退。傷ついた心を慰めてほしいと縋る初音を前に、俺がデレデレした態度をとるわけにはいかない。……うん、そういうことにしておこう。
「……はい。」
俺の提案に頷きながらも、初音は俺の服の袖をキュっと握りしめ離さない。初音のその様子に、俺は中坊のガキみたいにドギマギしてしまう。
……もう俺戻らなくてもよくない?このままずっと初音と家に籠っててもいいかも。説明とか、景介にやらせれば……。
俺の頭が余分なことを画策し始め、一足飛びに初音との同居生活まで妄想したところで、はっと目が覚めた。
だめだ、俺が責任を放り出すなんて、許されざる暴挙だ。初音の家族にも、俺が責任者として話をしなければ。
「ふぅ……。初音、行こう。」
なんとか平常心を取り戻し、初音とともに廊下へ出る。この十数分ですごく神経を使ったし、感情が振り回されて少し疲れたけど、それ以上の充足感が全身を包んでいた。
最初に案内した部屋に戻ると、すでに景介が初音のお兄さんの相手をしていた。
「お戻りですか、若。お嬢の兄君には、私からご説明いたしました。」
「ん、ありがと。お兄さん、今日はこっちの奴等が迷惑かけちゃってごめんね。一応今回の黒幕……っていうか、大本は然るべき対処するから、手を出してくることはないと思う。この件は俺たちの方で手打ちにするから、それで勘弁してほしいんだけど、何かあれば、可能な限り叶えるよ。」
さすが兄、といったところなのか。多少動揺しているものの、静かに考えた後、首を横に振った。
「いや、俺はいい。俺が手を出すべきことじゃないだろうし、今後が安全なら、余計なことをすることもないし。それより、初音を守ってくれてありがとう。兄として、礼を言うよ。」
「……ううん。最初に初音と約束したからね。絶対に守るって。それを果たしただけだよ。」
「それでもだよ。初音、よかったな。約束を守る男は悪いやつじゃない。この人なら、俺は安心だ。」
「……もう。お兄ちゃんがそんなこと言わなくても、先輩はいい人だよ。優しい人だもん。」
初音たちの会話に、俺は閉口した。お人好しがすぎる。この件の原因が俺だって考えなくても分かるのに、その責任を、と言っただけでこんな簡単に受け入れるなんて。
2人の言いように、後ろの景介はにっこにこだ。まぁ、あれはいつものことだ、放っといてもいい。
……余計なこと言わないでよ、景介。この2人の純粋な心も、お前の手腕でならどうとでもできるって、俺は知ってるからな。




