待ってたよ、歓迎しよう
景介視点です
「湧洞、待たせたな。」
「いえ。……文化祭ぶりだね。改めて、生徒会長の湧洞景介です。ようこそ、駿弥くん。」
「藍峰駿弥です。よろしくお願いします。」
月曜日の放課後。畑本先生に連れられてきた転入生を、俺は生徒会室で迎え入れた。先日と変わらず動きのない表情を、こちらはニコリと笑みを作り見つめた。
「駿弥くんはコーヒーいけるクチかな。畑本先生は無糖・ブラックでしたよね。どうぞ座って待っててください。」
「おぅ、悪ぃな。」
手早くコーヒーを淹れ、数個のお茶菓子を携えて戻る。行儀悪く足を組みふんぞり返っている畑本先生はいつも通りだが、室内を見回すでもなく静かに座る転入生に、口角が上がる。つくづく、変で面白い存在だ。
「どうぞ。砂糖、ミルクはご自由に。……さて、先生。何から始めましょう。一応、こちらでも流れは考えていますが、先生に考えがあるのでしたら、そちらを優先します。」
転入生が砂糖とミルクを入れ、一口飲んだのを視界の端に捉えながら、先生に話しかける。どうせ全てをこちらに丸投げしてきているのは分かっているから、意味のない質問だろうけど。教師に選択権を渡しておくのは大事なことだ。責任の所在を押し付けることができる。
案の定、畑本先生は、面倒くさそうな顔をしてる。
「お前のでいい。んなしち面倒臭ぇこと、俺が考えるわけがねぇだろ。」
「……分かってましたけど、先生、転入生の前でくらい、少しは取り繕ってください。駿弥くん、まずは生徒会上の登録をしよう。校内で生徒の情報は、職員室と生徒会室で保管されているんだ。生徒会で保管されている分は、いつでも閲覧できる情報。その説明とパスワードの設定を。」
「はい。」
仕様を簡単に説明するとスルスルと進めていく転入生に、感心の目を向けた。ある程度コンピュータにも強そうだ。
すべての設定を終え、次は校内の案内だ。特別教室を中心に回り、ルールなどを説明していく。その飲み込みも早い。案内をし終わったのは、俺の想定より1時間早い時間だった。
「さて……結構早く終わりましたね。畑本先生、何か他に説明すべきことはありますか?」
「ねぇよ。別にもう解散でもいいだろ。藍峰、お前何か聞いときたいことはねぇか?今の内に聞いとけよ。」
「……いえ。この学校の仕様に関しては、把握できました。大丈夫です。それより……文化祭の時にお会いしたもう一人のセンパイはいらっしゃらないんですか?またお会いできるのを楽しみにしていたんですけど。」
「貴斗?んー、校内にいると思うけど。まぁ、いつも俺と帰ってるし、一緒に待ち合わせの教室に行こうか。少しなら話せるかも。」
転入生のリクエストに応え、畑本先生も共に教室へ向かう。
転入生も、若の類稀なる頭脳に感銘を受けたのだろうか。さすが若。たった一度の対面で他者を魅了してしまわれるなんて。
「藍峰、お前茶戸とも話したことあったのか。」
「はい。初めて僕と同じレベルで会話できる人と会いました。もちろん、会長もその内の1人です。」
「光栄だよ。俺たちも、同じレベルで話せるのはお互いと父親くらいだから、すごく新鮮な気分だった。」
やはり転入生も、高水準の頭脳であるが故に、話の合う存在がいなかったようだ。愛知の中でも有数の進学校からとは言っても、この転入生レベルの高校生はいなかったことだろう。
「……お前らは特殊な頭脳レベルだからな。だが、気ぃつけろよ。茶戸の家は危ないからな。」
「……危ない、とは?」
「いわゆる、ヤクザの家ってことだ。深入りすんじゃねぇぞ。」
軽い様子で暴露してくれた畑本先生に、頭が痛くなってくる。いきなりヤクザの家だと言われたら、また若が色眼鏡で見られかねない。無論、たったそれだけのことで偏見を持つような愚物など、俺が許さないが。若を侮るなど、許されざる所業だ。
そんな俺の内心に応えるように、転入生は少し考え込み答えた。
「茶戸、ということは、かの有名な茶戸一門ということでしょうか。歴史的にも古く、現在でも多大な影響力を持っていると噂がありますよね。あのセンパイがそうとは知りませんでしたが、それとあの頭脳の価値は別物です。」
「……教師として、あいつの家や事情に絡むのは看過できねぇぞ。」
「まさか、危ない橋を渡るつもりはありません。僕はあの頭脳と議論を交わしたいだけです。センパイのプライベートに関わる情報や事情に、興味なんてないということです。」
転入生の口ぶりに、俺は驚いて目を見開いた。今の社会に生きる上で、それぞれのパーソナルな事柄は重要視されるものの1つだ。対象人物によっては、それだけで何百万と金銭が動くほどの代物。若の情報は、日々狙われる、裏社会の垂涎の的とも言えるべきものだ。それを、言うに事欠いて興味ない、とは。
「……お前、将来大物になるな。」
「同感です。駿弥くん、ここだよ。貴斗、いるか?」
転入生の言い様に苦笑しながら、俺は教室の扉を開けた。




