先輩と先輩のお父さんに挟まれて
初音視点です
「初音、お待たせ。」
「い、いえ……。」
力なく首を振り、先輩の両親に目を向ける。
パッと見は優しそうなおじさんたちという感じだ。にこやかな笑みを浮かべ、私を見ている。もちろん、先輩の両親だ。どうかは分からないけど。
「君が、宇咲初音さんかな。」
「は、はい。う、宇咲初音です。よろしく、お願いします。」
「うん。私が貴斗の父の瑛史だ。こっちは私の妻の凛華だ。」
私の対面に座り、先輩のお父さんが人の好さそうな笑みを見せた。隣に座った先輩のお母さんも、同じように優しそうな目をしている。
少なくとも、今すぐ私をどうこうしようなんてことは思われて無さそうだ。
私が怖々と様子を窺っていると、先輩のお父さんが困ったような顔で話を始めた。
「さて……まずは初音さんに謝罪をしなければならないね。」
「……しゃ、ざい……ですか?」
「あぁ。そこのバカ息子がバカなことをしてバカなことを要求したんだろう。バカに代わって、親として心から謝罪するよ。怖い思いをさせて、すまなかった。」
「え、あ……そ、それは……。」
先輩のお父さんからの突然の謝罪に言葉を詰まらせていると、先輩がケラケラと笑いながら口を挟んできた。
「もー、親父。いきなりそんなこと言われても、初音が困っちゃうでしょー。」
「必要なことすら言えん不甲斐ないヘタレバカのために言ってんだ。俺の優しさに感謝してほしいもんだ。」
先輩の言葉に先輩のお父さんが言い返し、それにまた先輩が言い返す。気づけば、先輩と先輩のお父さんは喧嘩を始めていた。
初対面なのにこんな状況、いったいどうしろというのか。喧嘩するなら、他のところでしてほしい。
先輩の隣でオロオロと2人を見ていると、先輩のお母さんから制止の声がかかった。
「瑛史さん、貴斗。やめなさいな。初音ちゃんが困ってるわ。今日の目的は、2人で喧嘩することじゃないでしょう?」
「う……そうだな。すまん、凛華。初音さんも、悪かったね。」
「ごめんね、初音。ついいつもみたいに喧嘩しちゃって。」
「い、いえ……。その、私のことは気にしないでください。」
先輩と先輩のお父さんの言葉に、私は恐縮して手を体の前で振った。
別に、先輩と先輩のお父さんが喧嘩するのはどうでもいい。だから、私のことは気にせず、いくらでもやってくれていい。私のことを放っといてくれるなら、私はその方が気が楽だから。
私が体を小さく丸くしていると、先輩のお母さんが先を進めた。
「ごめんなさいね、初音ちゃん。ほら、瑛史さん。説明してあげないと。」
「あぁ。……そこのバカ……貴斗がロクでもない方法で君を巻き込んだと聞いてるよ。すまなかったね。」
「そ、それは……。」
先輩のお父さんも、先輩のやったこと知ってるんだ。……今さらそんなこと言われても仕方ないのに。
強張った私の顔を見て、先輩のお父さんは私が思ったことを察したのか、先輩を睨み付けながら優しく声をかけてきた。
「その様子じゃ、本当にロクでもないようだね。初音さん、そこのバカの言動に困ったら、遠慮なく私に言ってほしい。この家の家長として、抑えられることは多いだろう。ふざけた真似も、懲らしめるからね。」
「親父に抑え込められるのは業腹だけど……まぁ、俺も無茶なことは言わないつもりでも、知らずに何かしてたら嫌だからね。1つのストッパーとして、親父はいい存在だから。」
「え……と……。私が、その、ご迷惑おかけするわけにはいきません……。だ、大丈夫です。あの、……私は全然大丈夫ですから……。」
私は先輩の目を気にしながら、必死に言い募った。
ここで下手に頼りにしてるなんて言ったら、先輩に不満があるって言うようなものだ。そんなこと、先輩の前で言えるわけがない。そんな、わざわざ先輩を怒らせるようなこと、言えるわけがない。
青ざめた顔で言葉を重ねる私に、先輩のお父さんは先輩を睨み付けた。
「……貴斗、後で書斎に来い。分かってるな。」
「はいはい、甘んじて受け入れますよ。さ、顔合わせも済んだし、そろそろ広間に行こう。皆待ってるでしょ。」
先輩は先輩のお父さんの言葉に、肩を竦め先を促した。何のことか分からないが、先輩のお父さんは怒っているようだ。
なんで急に怒ってるんだろう……。私が何かしちゃったのかな……。
私が不安でいっぱいになっていると、先輩のお父さんは大きくため息をついて立ち上がった。
「そうだな……。初音さん、今、茶戸家で集まれる組員が広間に集まってる。そこで初音さんを紹介するよ。詳しいことは貴斗から聞いているかな。」
「えと……はい。困ったら、頼っていい、と……。」
「うん。茶戸家は関東一帯に関連組織を持っていて、全国に影響力を持つ。国内なら、どこにでも連絡網があると思ってくれていい。だから、何かあったときには、言ってくれればすぐ対応できるよ。」
「……そ、うなんですか……。やっぱり、すごいんですね、先輩のおうちは……。」
だから逆らっても日本に逃げ場なんてないぞってことかな……。そんなに念入りに言わなくても、元から逆らうつもりなんてないのに。
そう言って暗い顔をする私の反応に、先輩のお父さんは困ったように微笑むと、広間の襖を開けた。