先輩の家族
初音視点です
走り続けた車が止まり、運転手の柳田さんがこちりに振り返り、着きましたと告げた。
とうとう着いちゃった、先輩の家に……。これから何をされるんだろう、怖いよ……。
そう思っていると先輩が私に声をかけてきた。
「初音、今から家で色んな人に初音のこと紹介するけど、親父も母さんも歓迎してるし、妹も弟もきっと歓迎するから。緊張しなくていいからね。」
先輩の隣にいるのが何よりも緊張するというのに、そんなことを言われても困る。
そう言えたらいいのに、あの時の先輩の私の家族の情報を悪用するという言葉を考えると言えるわけもなくて。結局私は暗い気持ちで頷いた。
「若、荷物は運び入れておきます。」
「よろしく。初音、行こっか。」
先輩の言葉に覚悟を決め、車を降り、前を見た私は、目の前の大きなお屋敷に圧倒された。和風の造りに大きな庭、池だってありそうだ。
「ここ、ですか……?」
「うん。ここが俺の家。……とは言っても、事務所とか組員の寮も兼ねてるから、それで広いだけだけど。俺の家族の居住区はそんなだよ。」
「貴斗兄!」
先輩と話しながら家の中へと入ると、奥の方から元気のいい声が聞こえてきた。女の子の声だ。
「貴斗兄、やーっと帰ってきたのね!……あら、お客さん?」
「美南……。お前はもう少し静かにできないの?行儀よくしてよ。初音、妹の美南だよ。ちょっと騒々しいけど、悪い奴じゃないんだ。美南、この子は初音。挨拶しろ。」
「はぁい。初音、さん?私は美南。よろしくお願いします。」
「は、はい。私は宇咲初音といいます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
先輩の妹だという美南ちゃんは、快活な笑みでとても可愛らしい子だ。すごくしっかりしてるし、いい子のように思えるけど、なんと言っても先輩の妹だ。もしかしたら、突然変わっちゃうかもしれないし、油断はできない。
「ね、貴斗兄。今日はどうしたの?珍しいよね、貴斗兄がお客さん連れてくるなんて。」
「今日は初音のために全員集めたからね。ほら美南。早く広間に行けよ。俺は準備があるんだ。邪魔するな。」
「えー、貴斗兄冷たぁい。私、今日は友達との予定潰してきてるんだよ?」
頬を膨らませ、先輩の腕を抱き込む美南ちゃんは、褒めてと言いたげな目で先輩を見つめている。よほど先輩のことが好きなんだろう。
「俺からの召集だ、今日家にいるのは当然だろう?孝汰にもちゃんと言ってあるの?」
「もちろんよ!ちゃーんと言ったわ。孝汰兄なら、パパと話してたかしら。」
「ふーん、あっそ。初音、行こう。こっちだよ。」
美南ちゃんと話しているときの素っ気ない態度とは打って変わって、優しげに微笑んで手を差し伸べる先輩に、私は恐る恐る手を重ねた。ここで変に拒否なんてして不興を買ったら、どうなるか分からない。今の私にできるのなんて精々、先輩の様子を窺って不機嫌にさせないように、少しでも危なくないように気に入られるようにするだけだから。
「今日はね、初音を俺の家の奴らに紹介するだけなんだけど、そしたら茶戸家の人間みーんなが初音のこと守ってくれるからね。何か困ったことがあったら、誰に相談してもきっと助けてくれるからね。」
「そう、なんですか……。分かりました。」
何のためにそんなことする必要があるんだろうか。笑みを浮かべている先輩を横目に、私は考えた。
言葉通り私を守るとか、助けるとか、そんなはずはないと思う。だって、先輩は私の家族を人質に脅してきてるし、私のことは遊びに違いないんだから。
だったら、何のために必要なんだろう。……先輩の家は、そういう世界ではすごい大きなとこだって言ってた。たぶん、私が知らないだけで、この町にはいっぱいここのお仲間の人がいるんだろう。じゃあ、私が下手なことを言わないように、先輩から逃げないように見張らせるとか……。……うん、そっちの方が信憑性あるかも。
そう考えて、私は沈んだ気分でこっそり肩を落とした。
やっぱり、先輩からは逃れられないんだ。先輩がそばにいなくとも、私が自由になることはないんだ。
「初音、ここで待ってて。今親父……俺の父さん呼んでくるから。」
畳の部屋に通され、私は一人残された。私は一番入り口に近い座布団に腰を下ろし、静かに待った。
私はこれからどうなるんだろう。あんまり酷いことにならなければいいとは思うけど、先輩の噂とか本人の口ぶりからしても、穏やかな気性とは真逆そうだから、期待はできない。何より、あんなに簡単に人を脅してしまえる人だ。何もないわけがない。
「とにかく、怒らせないように、従順に……。少しでも気に入られないと、嫌われたり、捨てられたりしたら、何されるか分かんないもん……。私に酷いことをするのは惜しいって思ってもらわないと……。」
私がブツブツと呟いていると、襖が開けられ、先輩と大人が2人入ってきた。
先輩の、両親……この家の中で一番偉い人たちだ。
 




