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朝から先輩に会わないといけないなんて

初音視点です

「おはよ、初音。」

「……おはよう、ございます、先輩。」


目の前で笑みを浮かべている先輩を見て、抑えきれない怯えをなんとか隠し、小さな声で返事をする。図々しいほどくつろいだ様子でリビングチェアに座っている先輩は、にこやかにお母さんと話している。


今日は土曜日、先輩に言われていた日だ。何をするつもりか分からないけど、私はこれから先輩の家に行くことになっている。先輩の訪れに朝から憂鬱な気分で過ごしていたら、少し席を外してた隙に来ていた。4日前に家まで送ると言われ、渋々家まで歩いて帰ってきた時、道中の会話で、”俺は舌先三寸口八丁の男だから”と自分で宣言していた通り、すごく口がうまく、お母さんやお兄ちゃんを丸め込んでしまった。先輩が家の中にまで上がり込んでリラックスしているのはそのせいだ。


「貴斗くん、お茶飲むかしら。」

「いえいえ、お構い無く。今日は初音さんを迎えに来ただけなので。初音、行こうか。」

「は、はい。」

「そーお?初音、ご迷惑かけちゃだめよ。あ、そうそう。これ、ご家族でどうぞ召し上がって。」


立ち上がり出発しようと準備する先輩に、お母さんが菓子折りを差し出す。昨日買ってきたものだ。気乗りしないままでも、礼儀を欠いて難癖つけられないようにと用意したもの。それを見て、先輩は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「気なんて遣わなくてもよかったのに、いいんですか?嬉しいな。」

「うちこそいただいたもの、気にしないでね。ご両親によろしくお伝えして。」

「はい。行こう、初音。では、お暇します。」


そう言って、先輩は私の腰に手を回し歩くよう促してくる。私は自分の体に先輩が触れてくることに緊張しながら、まるで油の切れたロボットのようにぎこちなく足を進めた。そんな私を、先輩はどこか嬉しそうに目を細め見てくる。


「初音、今日はありがとう。色々やることあるけど、全部俺とか周りとかがフォローするから。リラックスしてて。」

「わ、分かりました……。」

「今日はうちまで車で行くね。紹介するよ。柳田。」


家の近くの駐車場に停めてある一等高級そうな車に近づくと、先輩は側で待っていた男の人に声をかけた。


「若、そちらが?」


私の方に目を向けたその人は、優しげなおじさんで、スーツ姿も相まって普通の会社勤めかとも思える感じだ。先輩が声をかけるってことは、先輩の家の関係者なんだろうけど。


「そ。初音、この人は柳田。うちの専属の運転手をしてもらってるんだ。車使うときは大抵柳田がつくから、覚えといて。」

「は、はい。柳田、さん。宇咲初音です、よ、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします、初音お嬢様。では、さっそく参りましょう。親父も、首を長くしてお待ちです。」

「えー、めんどくさ……。絶対面白がってるだけでしょ。たく……。まいいや。初音、乗って。頭気をつけてね。」


そう言って、先輩は当然のように手を差し伸べ、頭の当たりそうなところにも腕を翳している。私がチラリと先輩に目を向けると、とても柔らかな笑顔をしていた。そして、目が合うとさらに嬉しそうに笑みを深める。エスコート慣れしているその様子に、逆に私の気持ちはさらに沈んでしまった。

所詮、私のことは遊びなんだ。手近にいたから、遊び相手に選ばれちゃったんだ。こんなエスコート慣れしてるような人が、私なんかをまともに相手するわけない。

先輩に促されるまま車に乗り込んだ私は、その内装に度肝を抜かされた。後部座席が対面式になっている。

何、この車……。リムジン……?

見たことのない構造の車に絶句していると、私の様子を見た先輩が苦笑いで乗り込んできた。


「珍しいよね、こーいうの。家の仕事を車でやるとき便利なんだ。」

「お仕事を車で……。」


生徒会室であれだけ早く書類をまとめていた先輩が、車でも仕事に追われている。それだけ忙しいのだろう。なら、こうやって先輩と顔を合わせる機会も少なく済むかもしれない。

走り出した車の中で、私はやたら機嫌の良さそうな先輩の隣で静かに座りながら、小さく息を吐いた。

少しでも、先輩と会うことが少なくなればいいな……。

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