妹より彼女の方が大事に決まってる
貴斗視点です
俺の上機嫌な笑みにその意図を感じたのか、親父は口元を引きつらせている。ろくなことを考えていないと思われているのだろう。
「……はぁ、頭の痛い……。お前にも発案権が……。なまじ能力がある分、恐ろしい。ろくでもない、反論できない案を持ってくんだろうな。」
「あはっ、誉められるなんて思わなかったよ。そーだねぇ、自分でもそれなりのができてると思ってるよ。もう少しブラッシュアップしてじーちゃんに進言するつもり。」
「そうか。お前の案だ、滅多なことはないと思うが、一度俺にも聞かせろよ。」
「うん、ありがとー。じゃ、俺は戻るね。これ洗わないとだし。他に仕事は?」
「今はいい。ただ、分かってるとは思うが、おそらく抗争が始まる。対策は立てておけよ。」
「分かってるー。」
済んだ仕事を渡しに来たはずなのに、来るときと変わらない大量の書類を手にして、俺は部屋を出た。
俺が親父に報告すべきことはほぼ伝え終えた。これで初音の件も、俺が余程のポカをやらかさない限り、助力を望めるだろう。
俺がこれからの初音とのめくるめく幸せな毎日を思い浮かべ、ニマニマしながら廊下を歩いていると、後ろから妹の美南が走り寄ってきた。
「貴斗兄っ!」
「美南。何?」
「あのね、今日お母様に服買ってもらったの。今から着るから見て!」
また面倒なことを……。いい加減、兄離れしてほしいものだ。
俺の右腕をしっかりと両腕で抱き込み、俺の顔を覗き込んでくる妹に、ため息が漏れる。もう中学生のはずなのに、未だに俺の後をついて離れない。同じ中学生の孝汰も似たようなものだが、俺についてまわっていったい何が面白いのか、俺にはさっぱり分からない。
「はいはい、分かったよ。仕事あるから、着たら俺の部屋に来て。」
「はーい。うふふっ、すっごいかわいいのよ!貴斗兄も、きっと見惚れちゃうんだから。」
「あっそ。美南、重いから離して。……あそーだ。美南、次の土曜は予定空けといて。孝汰にも伝言よろしく。」
「えぇ?土曜は友達と遊びに行く予定だったのに。日曜じゃだめ?」
口を尖らせ、不満そうに言う美南を振り払い、横目で睨む。
俺に逆らうなんて、いい度胸だ。美南の予定より、初音の予定を優先させるに決まってる。初音には、もう土曜だと言ってあるのだから。
「だめ。兄ちゃんの決定に異議を唱える気?土曜、変更はなし。欠席は認めない。以上。返事。」
「……分かりました。孝汰兄にも伝えます。……土曜は何かするの?」
「うん。今は言わないけど。危ないことじゃないよ。」
再び腕に抱きついてきた美南に呆れながら歩いていると、横から景介が顔を出した。
「景介、いいところに。」
「若。ご用でしょうか。……あぁ、美南お嬢様。失礼いたしました。」
「景介兄。ねぇ、土曜日何するか知ってる?」
「土曜、ですか?」
「そう。貴斗兄ったら、召集かけるのに、中身言わないのよ?ひどいわ。」
拗ねたように口を尖らせ文句を言う美南に、景介は苦笑いを漏らし、俺の方へ目を向けた。
当然だ。景介は良くも悪くも俺に忠実。俺が言わないことを、その意図を察して尚、景介が言うわけがない。少し考えれば分かることだ。
「申し訳ございません、お嬢様。若が言わずにいらっしゃることを、私が申し上げるわけには……。危険はございませんので、どうぞご出席くださいますよう。」
「ちぇー。景介兄に言っても無駄だってことね。じゃ、貴斗兄。すぐ着てくるから、待っててね!ちゃあんと見ないと怒るからね!」
「はいはい、早く行けよ。ちゃんと見てやるから。」
俺の言葉に、また嬉しそうに俺の腕を抱き締める美南を追い払い、大きなため息を漏らす。全くもってめんどくさい。いちいち俺を巻き込まないでほしい。ていうか、腕を抱き込まないでほしい。もう俺の腕は、初音のためのみ差し伸べるものなんだから。
俺の様子に、景介は苦笑しながら半歩後ろに下がり、部屋までの伴に歩き始めた。
「お嬢様にはお話されなかったんですね。」
「うん。下手なこと言うとめんどくさいじゃん?あいつも、孝汰も。初音相手に暴走されても困るし。それより景介、新しい仕事だよ。こないだの情報、もっかい洗い直し。裏切り者も調べなきゃ。」
「おや、何か不手際がございましたでしょうか。それに、裏切り者とは穏やかではありませんね。私としたことが、見落としがあったようです。組員の監視者として、今一度、組の引き締めを徹底いたします。」
「うん。それも含めて、今から会議しよう。抗争までに、情報を集めないとね。」
次話から景介視点が始まります。




