これから忙しくなるよ、気を引き締めよう
貴斗視点です
俺は生徒会室で1人、止められない笑みをそのままに景介を待っていた。
先ほどまでこの場にいた初音とは、話もできた。今後の予定もある程度決められたし、話したいことも話せた。概ね、俺の目的は達成できたと言えるだろう。
今日の出来に満足しながらコーヒーを淹れていると、生徒会室の扉が開けられた。景介が来たようだ。
「貴斗お待たせ。」
「んー。はい、コーヒー。教室は?」
「まぁ、ボチボチ?駿弥くん以降、成功者はいないけど。サンキュ。やっぱ1問目が鬼門だな。」
走ってきたのか、軽く息を整える景介に、俺は用意していたコーヒーを手渡す。急ぐ必要もないのに、律儀なことだ。
「そっかー、残念だなぁ、頑張って考えたのに。でも、そうなると余計に駿弥くんの転入が楽しみだね。」
「あぁ。……そいや貴斗、お前はいつ来るんだよ。待ってたのに。つか初音ちゃんは?いないのか?」
「あぁ。もう帰したよ。」
「計画は?」
言外に達成したのか、延期にしたのか問うてくる景介に、俺はご機嫌な笑みを見せた。これで大体察するだろう。
予定は崩れてしまったが、一番の目的は達成している。……まぁ、欲を言えば、一緒に回れたらそれはそれでデートだと浮かれることができたとは思うけど。
「そうか!よかった……。……おめでとうございます、若。喜ばしい限りです。」
「うん、俺も嬉しいよ。うまくいったし、今の段階では問題ないよ。……これでとりあえず、初音は俺のモン。」
初音が俺のもの。言葉にすると嬉しさが倍増する。初音が今は俺の手の内にいる。今の俺には、初音を守る権利と義務がある。
「あぁ、これで8年前からの悲願が叶った。このまま必ず、初音の心もモノにしてみせるよ。」
「若ならば必ず成せると存じております。私も、微力ながらサポートいたします。……つきましては、お2人の間でどのような話がなされたのか、伺ってもよろしいでしょうか。」
景介に初音とした会話の内容を明かしていく。やってほしいこと、約束すること、家を含めた俺のこと。俺の家での顔見せもだ。
話している間の初音もかわいかった。オドオドと怯えた様子で落ち着かないように視線をさ迷わせていた。惜しむらくは目が合わなかったことだけど、今はしょうがない。高望みはこれ以上するべきではない。
「……では、若が彼女を家族を含め庇護対象としたことはご了承いただいたと。」
「うん。そこまで分かってるかは別としてね。」
「承知しました。では、さっそくそのように手配いたします。人員、配置はすでに決定したものを通してよろしかったでしょうか。」
「うん、あれで通していいよ。」
初音とその家族に危害を加えないこと、危険が迫ったときには茶戸家の全力をもって守ること。俺は初音にこの2つを約束した。茶戸家の威信にかけて、守りきる所存だ。
「それと、彼女とお約束された2点ですね。若の手が届く範囲にいる。何かあった場合は連絡する。……彼女に危険が迫った場合は、必ず若が対応できるようにされたのですね?」
「そ。実際、初音に関しては俺のフットワークが軽い方がいいだろうし。」
「はい。もし彼女から連絡がございましたら、ぜひ私にもご一報ください。」
これから初音は、裏社会の中でも手を出しやすい俺の関係者として認識されるだろう。もしその矛先が本格的に向けられた時、それを払うのは俺の義務であり責任だ。知らなかったで済まされないから、知らなかったなんて言うことのない状況にする必要がある。
「家のことはどのようにお話しされたんですか?」
「茶戸家のこと、家族構成、立場。粗方知ってはもらえたかな。」
親父、母さん、弟妹はきっとこれから深く関わってくると思う。特殊な家業だから、どうしても親に頼らざるを得ないことも多いし、弟妹も守りの一陣に加えるつもりがある以上、親しくしてほしい。そのための基礎情報は伝えたつもりだ。
「私のことはどのように?」
「初音が頼れそうな奴がいるとだけ。誰かは言ってないよ。次の土曜に顔見せするし、その時に。」
「承知しました。若の側近として、ようやく彼女のために動き始めることができるのですね。若が大切に思っていらっしゃる方をお守りできるなんて、光栄です。精一杯、務めさせていただきます。」
「んふっ。景介には、最初は特に頼りきりになっちゃうからね。前向きに捉えてくれてるならいいけど、バランスよく仕事は配分してくからね。」
心底嬉しそうな笑みの景介に、俺も笑みを向ける。景介が初音のことを受け入れ、祝福してくれてよかった。景介は今でも、俺の側近と生徒会長の二足の草鞋を履いている。その上でさらに俺と初音の間の取り持ちも、となると、いつか倒れるだろう。景介と比べれば暇な俺が肩代わりできることなら、いくらでも代わる用意はある。
「お気遣いありがとうございます。本来でしたら、私が若のサポートをすべきところを、申し訳ございません。手が空いた際には必ず。」
そう言って景介は頭を下げた。いつもそうだ、景介は俺以上の負担を背負いながらさらに俺のことまで気にかけ手を出そうとする。そんな景介の頑なな態度に、少し寂しさを感じてしまう。もう少しくらい肩の力を抜いてくれてもいいのに。
この世界の厄介事なんて、やれる奴がやれる時にやれる事をやれるだけやらないと永遠に終わらないのに。昔はもっと頼ってくれてたのに。……面白くない。
「……ま、これも俺の選んだ道だけどね。景介、次の仕事の話をしよう。」
「はい。資料はこちらに揃えてございます。別に調査したものもこちらに。」
「うん、ありがとー。……さて、と。どーやって奴等を潰してこーかなぁ。」
今くらい初音のことだけ考えていたいけど、状況がそれを許さない。俺は景介と2人、書類を睨みながらあれこれと考えを巡らせた。