信じられない……!
初音視点です
「先輩、こんにちは。すいません、お待たせしちゃって。」
「初音。いいよいいよ。気にしないで。俺もやりたいことあったし。」
いよいよ文化祭最終日。先輩と一緒に回る日だ。クラスの様子を少し見つつ、お昼休み。生徒会室には、すでに先輩がいた。どうやら何かお仕事をしていたようだ。パソコンを使っている。
「初音はご飯食べた?あ、お茶淹れるね。」
「あ、いえ!私が!」
「んーん。最近淹れるの上手くなったんだ。飲んでみてよ。」
「……ありがとうございます。お昼はもう食べました。ユキちゃんたちと。色んな模擬店行ってきたんです。」
「いいね。昼ももうすぐ終わるし、お茶飲んだら行こっか。」
「はい。」
なんだか機嫌よさげに給湯室へ入っていった先輩に、私は笑みが溢れた。いつも楽しそうに、面白そうにニコニコしてる先輩だけど、今日はやけに上機嫌だ。
やっぱり喧嘩が大好きで、怖い人だなんて噂は嘘なんじゃないかな。私の知る先輩は、頭よくて優しくて、ちょっと口が上手くて飄々としてる。少し変な人。でも、悪い人じゃない。
椅子に座り、そんなことを思いながら、ふと先輩の使っていたパソコンの画面が目に入った。生徒会のお仕事かな、と覗いたそこには、信じられないものが映っていた。
「”宇咲家の調査書”……?うちの……、なん、で……どういうこと……?」
私の家族のことや交友関係、住所やメールアドレスまで書かれている。よくここまで集まったな、と感心してしまうほどだ。
呆然と画面を見ていると、お茶を淹れ終えた先輩が給湯室から出てきた。
そして、パソコンの画面を見て固まっている私を見た。
「あ。」
「せ、先、輩……?これ……どういう……。」
「……あはっ。見ちゃったんだね、初音。」
状況と私の様子で色々察したらしい先輩は、少し面映ゆそうに笑うと、私の方へ平然と近づいてきた。こんなものを見られても、言い訳も釈明もしようとしない先輩の様子に、よく分からないけど恐ろしさを感じ、私は体を縮こませた。
「んー、失敗しちゃったなー。反省反省。油断大敵だもんね。ね、初音。前に言ったこと覚えてる?俺と付き合ってって言ったこと。」
「え、あ……はい……。」
一歩一歩私に近づいてくる先輩から、咄嗟に逃げたいと思うも、体は強張り言うことを聞かない。一言返すのがやっとな私とは反対に、余裕な足取りで私の前へ来た先輩は、少し楽しそうだ。
「うんうん、よかった。忘れられてたらどうしようかと思ってたんだ。でね、俺、諦め悪いからさ。もう1回、今度は手法を変えてやってみようと思って、その準備をしてたんだ。」
「へ……。じゅ、んび……?」
まだ諦めてなかったの?会った回数だって、両手で足りる私を。今度は驚きで固まった私に構わず、先輩はさらに続けた。
「ね、初音。俺と付き合ってよ。……じゃないと、初音の家族がどうなるか、分かんないよ。」
口を三日月形に歪める先輩に、私は目を見開いた。
家族を……どうするか……?先輩は、何を言ってるの?
「ほんとはね、今日最後に言おうと思ってたんだよ?でも、初音これ見ちゃうんだもん。ふふっ、調べ終わってたからいいんだけど。これね、初音の家族のデータ。集められるだけ集めたんだ。」
「ど、して……。」
「え?……それはもちろん、初音の逃げ道を塞ぐために使うからだよ。ねぇ、前に初音、俺のこと優しいとか言ってくれたよね。だめだよ、俺みたいのにそんなこと言っちゃ。俺は悪い奴なんだ。」
先輩の楽しそうな声に、とうとう体が震えてきた。今まで先輩と話してたときには感じなかった恐怖が、今は体を支配している。
先輩はそんな私を見て、憐れむように、嬉しそうに笑みを深め、口を開いた。
「あーあ、かわいそうに。震えちゃって。かわいいねぇ、初音。うん、もちろん初音には拒否権があるよ。当然だよね。でも、そしたら俺だって挑戦権を持ってていいよね。分かるでしょ?このデータ、悪いことに使うしかないよね。」
優しげな口調で静かに語る先輩に、私は目に涙を溜め、震える声を出した。
「や、めて……ください……。家族は……家族には、なにも……。」
「そう?じゃ、初音の選べる道は1つだね。初音、家族を取るの?」
「だって……っ!こんな……わ、たし……。」
恐怖に引きつり、強張った顔で先輩を見つめる。
怖い。先輩の目的も分からないのに、先輩の言うように選ばないといけないなんて、怖いに決まってる。でも家族に何かされる方がもっと怖い。だって、先輩のおうちは、悪いことだって簡単にできちゃうようなところなのだ。きっと、想像もつかないことをされるんだろう。そう考えたら、選ぶ道なんてもうない。
堪えきれない涙で頬を濡らしている私を見て、先輩は眉を八の字に曲げ、私に手を差し伸べた。
「まぁ、今は初音の心までは求めないよ。初音が俺のものになるならね。初音、俺の手を取って。そしたら、初音にも、家族にも、絶対何もしない。約束するよ。……できるよね?」
「うっ……ひっく……ぜ、絶対、なにも……しない、で……。」
のろのろと手を伸ばし、先輩の手を取った瞬間、その手を引っ張られ、気づけば私は、先輩の腕の中にいた。それだけで体が固まり、震えてくる。全身を強張らせる私とは対照的に先輩はすごく優しい手つきで私を抱き締めている。
「うん……分かってるよ、何もしない。約束する。……だから初音……俺から離れないでね……。」
このとき、体を震えさせ、涙を流すのでいっぱいいっぱいの私は、気づかなかった。その言葉を、先輩がどんな顔でそう呟いたか、どんな気持ちで私を抱き締めていたのか。
次話から貴斗視点です




