そーいうことされると困るんだけど
貴斗視点です
「んー、ここも掃除が必要かもねー……。」
「膿は取り除かなくてはいけませんからね。時期を見て計画を立てましょう。若、あちらです。」
周辺の様子を見ながら呟くと、景介が前方を指しながらうなずいた。あまりに澱んだ空気は、それだけでよくないものを引き寄せる。溢れたそれが表に出る前にまともな空気に近づけなければ。
「立案から俺も関わるよ。あれだね?景介、お前はどうする?」
「私は悪食好きらしく、そこらの残飯でも漁らせていただきます。粗食でも、飢えは満たせますので。」
「たまにはイイモン狙えばいいのに。ま、景介が周りをやってくれるなら俺は集中できるしいいけど。」
「お任せください。」
俺が相手している間、周囲の雑魚を担当してくれると言う景介に、俺は笑みを向けた。
俺が相手しようと思っている奴と比べると、確かに周囲の奴は粗食だろう。それに、そういう奴は、この世界で生き残るために後ろ楯となる組織がついていることもある。茶戸家と対立しているところと繋がっているのであれば、それを調査・取り調べるのは景介の領域だ。拷問好き、なんて最高の悪食である景介なら、むしろ残飯や粗食の方が食指が動くのかもしれない。
「んじゃ、いきますかー。おにーさぁん、今暇ー?俺と遊ぼーよ。」
「それではナンパの手口ですよ、若。」
景介の呟きに笑い声をあげながら、にこにこと男に近づいた。訝しげにこちらを見る男は、眉を潜めながら、小さく呟いた。
「……お前ら、茶戸家のボンか。俺になんか用か。」
「あはっ。俺らのこと知ってくれてる人が多くて嬉しいよ。君がここらで強いって聞いて、喧嘩したくて会いに来たんだー。やってくれる?」
「……ふん、どうせやったら茶戸家が出てくんだろ。俺も茶戸家に追われるの分かってて手を出すほどバカじゃねぇ。他あたれ。」
追い払うように手を振り、その場を去ろうとする男に、俺は笑顔を崩さず、煽りの言葉を続けた。
「えー、待ってよ。今は完全プライベート、家は関係ないって。俺が勝っても家は出てこないし。それでも、逃げる?おにーさん。」
「……ガキにんなナメた口されちゃあ、見過ごせねぇな。てめぇの親父が出張ってこないってんならやってやるよ。」
「やった。ありがとー。景介、そっちは任せたよ。」
構えた男に、俺はすでに戦闘モードだ。さっきの男よりも隙のない身構え方に、さらに期待は高まる。今まで浮かべていた一見朗らかなだけの笑みを消し、三日月型に歪んだ瞳と口元に、好戦的な色を乗せる。
「ふふっ、嬉しいなぁ……久しぶりに強そう。ねぇ、おにーさん。俺ね、最近つまんなかったんだ。裏街は弱くなっちゃったし、俺と喧嘩してくれる人もいなくなっちゃったし。だから今日はおにーさんと会えてほんとによかったんだ。本気で来てね、俺も殺さない程度に本気でいくから。」
そう言うが早いが殴りかかる俺に、男も応戦する。パンチは速くはないが重そうだ。当たったら痛いだろう。身体能力も悪くない。俺の攻撃をうまく避けていることからも分かる。
そうそう、これだよこれ。相手に勝利するために全力を出す高揚感、怪我必至の攻撃を避けなければいけないギリギリの緊張感。これこそ喧嘩の醍醐味だ。
ほぼ互角、少し俺の方が上回っているだろう実力に1人ニヤニヤしながら拳を振るっていると、男の懐からキラリと光るものが見えた。それが何か理解した途端、一気に興醒めた。
「……ちょっとちょっとおにーさん?光り物出すなんて無粋な真似、してくれないでよねー。何のつもり?」
「分かってんだろ。今や茶戸家関係者の首はこの界隈で最高値を更新し続けてる。値はつり上がるばかりだ。てめぇの親父が出てくんなら無視したが、出てこねぇって言質も取った。なら、俺が甘い汁啜ってもいいだろ?」
「……ほーんと、ナメられたもんだよね、俺も、茶戸家も。その程度で俺のタマ獲ろうってんだからさぁ。やーめた。喧嘩なんてやってる場合じゃないね。」
「逃げんのかよ。茶戸家のボンともあろう奴が。」
体から力を抜き、構えを解いた俺に、男はニヤニヤと癇に障る笑みを向けてくる。
逃げる?とんでもない。自慢じゃないが、このままサシでやっても敗ける気なんてしてない。喧嘩の時点で、俺の方が実力は上なのだから。
今からするのは宣戦布告。裏街で敵対勢力の報酬に釣られて茶戸家をコソコソ狙う奴等と、茶戸家のことを狙っているバックたる敵対勢力への。
俺らの命を狙うのなら、殺し合いをもって応えるという意思を伝えるために。




