もどかしい
景介視点です
俺の言い分を黙って聞いていた若は、耐えかねたように顔を歪めると、ポツリと静かに呟いた。
「……仕方ない。こうするべきなんだから。」
「若……。」
「ね、景介。これはしょうがないことなんだよ。俺がわがままを通すべきことじゃないんだから。」
俺の言い分を封じるように念を押して言った貴斗に、俺は口を噤んで顔を見つめた。
「……っ。」
そして、その目に溜まった潤みを見つけ、ショックにも似た驚きを感じた。
若の目に涙……?泣いて、おられるのか?まさか……。
「わ、若……。大丈夫ですか?」
「……あは。おかしいねぇ……悲しいなんて、俺が思っちゃいけないのに……。ごめん……。今俺、冷静じゃないみたい。頭冷やしてくる。」
そう言い残して立ち去る若に、俺は今度こそ声を掛けることはできなかった。
若が涙を浮かべていた。若が、貴斗が泣いているところなんて、俺でもこれまで見たことがない。10年以上の付き合いの中で、初めて見た姿だ。
やっぱり傷ついているんじゃないか。嫌だって、思ってるんじゃないか。しょうがないって思えないから、しょうがないって自分に無理やり言い聞かせてるんだろ。
「俺にくらい、本音を言えよ。馬鹿野郎。」
大きくため息をつき、しゃがみ込む。
貴斗の、大事なことほど隠したがる癖はもちろん知ってる。分かってる。でも、俺にすら隠されると、結構クるものがあるな……。
俺が1人で落ち込んでいると、誰かが近づいてくる気配を感じた。若が戻られたのか?こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。そう思って、顔を上げた。
「……なんだ、父さんか。」
「なんだとはなんだ、景介。……若は?」
「……ちょっと席を外されてるだけ。若に用?」
「明日からのことで、少し確認をな。いらっしゃらないならいい。後でまた来るから、一言伝えておいてほしい。」
「分かった。」
「……んで?お前は何を悩んでいたんだ。」
そのままどこかに行くと思ったのに、父さんは俺に話しかけてきた。しかも、聞かれた内容に俺の体は少しだけビクリと反応してしまった。
やってしまった。これじゃ、悩みがあると白状しているのも同じ。失敗した。
「……極めて個人的なことだよ。」
「ふむ……。とはいえ、お前が悩むほどに関心があることなんて、相当限られているだろう。組のこと、舞菜ちゃんのこと、……いやまぁ、どうせ若のことだろうがな。」
「うぐ……。どうせって……。」
違わないけど……。
父さんからの指摘に、俺は口を噤んだ。悩みのタネが若に関することなのは間違いないし、他に俺の悩みのタネになりえるものも、その通り。言い返したところで、意味もない。




