諦めが肝心
貴斗視点です
やることとしては、敵の情報収集と今までの作業のまとめだ。相手の戦力の予測や現在の動きは、今後のこちらの動きに影響する。実際に行動に移すまでに、どれだけ正確な情報を取れるかが、勝敗を決するといっても過言じゃない。
「若、現在決裁待ちの書類はこれで全部です。」
「そ。これなら……1時間後には終わらせて廊下に出しとく。勝手に取ってって。」
「分かりました。じゃ、自分らはこれで。何かあれば呼んでください。」
やっと書類の運び入れが終わり、室内には俺と景介、大量の書類が残された。パラパラと書類をめくり、簡単に内容を把握して、半数くらいを景介にパスする。景介にも若頭である俺と同等の権限を与えてあるから、このくらいなら任せても問題ない。
そこからは、黙々と書類処理に徹するだけだ。これが終わらないことには、メインの仕事にも移行できない。
「……若、」
「んー?」
「私の方は少し早く終わりそうなので、もしまだお任せいただけるものがありましたら、私が処理いたしますが。」
「あー、んー……。じゃあこの束。とりあえず内容精査して、景介が問題ないと思ったらサインだけしとくから戻して。」
「承知いたしました。……というわけで、そこまで追い込まずとも、3日間戻るくらいの空きは十分作れます。あまり思い詰めすぎませんよう。」
景介からの忠告に、俺は一瞬動きを止めた。
また、言われた。そんなに俺は、必死そうに見えてるんだろうか。周りが心配するくらいに。
「最近景介は、すごく心配性だね。」
「何を今更。私はいつでも、若の御身を案じておりますとも。ですが、確かに、若のなさることに物言いをしたいわけではなくとも、一言申し上げねばいけないと思うことは増えました。それも、若がご自身を大切にしてくださらないから。」
少しだけ責めてくるような色が滲む景介の言葉に、苦笑いを返す。
これでも十分、俺はわがままだし、自分と自分の大事なもののためにしか動いてないつもりなんだけどなぁ。その中で、自分なりに最善と思える手を打ってるから、そりゃ自分より他を優先することもあるけど。
まぁ、これはいつも言ってるから景介も承知してるとは思うけど。これが俺の性分なんだから仕方ない。
「無論、若にそこまで抱え込ませてしまうほど、我々周囲の人間がお支えしきれていないんが一番の問題であることは申し訳なく思う次第ですが。」
「そんなことは……まぁ、俺1人でやった方が早いこともあるし、気にしないでいいよ。しょうがないことだし。俺はこういう性質でしょ?ヤクザの息子で、茶戸家の若頭。喧嘩好きで暴力的。大した苦労もせずに勉強も運動もトップをかっさらってくいけ好かない問題児。生まれも好みも能力も、どこを取っても周りが寄り付きたくなる要素がないんだもん。1人で何かするのも慣れるよ。」
「……少なくとも、私は若とともに、何事も為したいと思ってます。」
「分かってるよ。」
悲しげに目を伏せる景介に、笑って頷く。景介の奇特な性質も分かってるし、今更疑うもんでもない。
「大丈夫だって。他人とは元々関わりも薄かったんだし。1人でいることも、苦痛に感じるわけじゃないし。初音のことは……まぁすぐには立ち直れないだろうけど、それもすぐ慣れるよ。大丈夫。」
「……若は、嫌なことにばかり慣れてしまうのですね。」
「それこそ、慣れだねぇ。」
色んなことに慣れていく。小さい頃から繰り返してきたことだから、そこに何を思うこともない。
脳天気な声でそう返すと、景介はため息をついてそうですか、と呟く。
確かに、俺のこれは慣れっていうよりも諦めに近いかもしれない。景介が案じるのも無理はない。諦めることに慣れることは、メリットばかりではないから。でも、俺の立場と環境を鑑みれば、諦めないことの方がデメリットが多い。人に避けられるのに人との関わりを求めても傷つくだけだし、去るものに執着して置い続けても手に入らない事実に苦しむだけ。手に入らないものは手に入らないと割り切らないと、生きづらい。




