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今年の1年生は本当に面白い

景介視点です

「じゃあ、貴斗。俺仕事あるし、行くな。」

「はいはーい。頑張ってねー。」


若からの緩やかながらも心のこもっているだろう激励のお言葉に、心の中で滂沱の涙を流しながら生徒会室へ向かった。

会長として、今日はおそらく一番忙しくなるだろう。全ての準備が完了したという報告書を受け取り、各教室を見回りながら様々なチェックを入れなければいけない。そして、同時にこれまでの報告書の決済を終わらせなければ、残業決定。まったく、面倒極まりない。

思わず、3ヶ月半前のことを考える。あの時の生徒会からの会長への推薦立候補なんて、断ればよかった。いくらでも言葉を弄すれば、断れたのに。学校を学生トップという権力でもって掌握すれば、裏から若の動きやすいようにできるなんて、チラリとでも思ってしまったから……!断っていれば今ごろ、教室で準備という名の若の補佐、手伝いという俺が最も優先すべき仕事が出来てたかもしれないのに!

ため息をつきながら生徒会室に入ると、生徒会の役員の生徒たちがすでに動き始めていた。


「会長おはよう。」

「おはよう。進み具合はどう?」

「バッチリ。2年生組はさすがにみんな手慣れてる。」


同級生からの報告に、笑みをもって返す。生徒会の中心である2年生は問題無さそうだ。彼らの担当する部門の書類も粗方揃っている。


「じゃあ、みんな仕事よろしく。今日は大変だけど、全員で頑張ろう。」


俺の言葉に、室内には明るい返事が響いた。


「んんーっ……一区切りっと。」


昼近くまでひたすら書類の決済に追われ、結局若の補佐をすることができないまま休憩時間となった。生徒会室から役員全員が出払い、俺だけとなった部屋で息をつく。


「……貴斗たちは、どこまで進んだだろうか。」


休憩しようと思った瞬間、頭に浮かんだのは若のことだ。もはや職業病かもしれない。やはり俺の人生は若を中心に構成されているのだ。


「まぁ、考えたところで側に侍ることができるわけでもないしな……。さて、この休憩時間で転入生について整理しないとな……。情報を集めなくては。」


件の転入生については、驚くほど調査が難航していた。今時の学生なら、SNSを見れば大抵の情報が出てくるというのに、少しも見つからない。しかも場所も悪かった。都内、せめて関東であれば、コネを使って調べるが、愛知には使い慣れた手足も多くない。若に求められたときに可能な限り早く情報をお渡しできるよう、準備しておきたいが、遅々として進まない。


「これは久々に……骨のある仕事だ。まずは公機関から引っ張ってきたものを整理しないとな。」


自前のパソコンが手元にない今は、精々頭で予定を立てるくらいしかできないが、大方の目処は立った。俺は次に、愛知にいる手足たちへ連絡を入れた。


「もしもし、湧洞です。少々頼みたいことがありまして……あぁ、いえ。家のことではありません。学校の、えぇ。藍峰駿弥という学生について、……はい、お願いします。……そんな心配なさらずとも、あの件に手を出すつもりはありませんよ。若、並びに茶戸家に火の粉がかからない内は、ですが。では、そういうことで。よろしくお願いします。」


愛知の支部の人間や、弱味を握っている人間に連絡を入れていく。遠方からでは分からないことも、現場でなら分かるというのはままあることだ。現場に手足となるべき存在がいるなら、使わない手はない。とりあえず動かすことができた。その先は俺の仕事だ。情報を引っ張ってくることができる手段を模索する。

あれこれと考えを巡らせていた俺は、小さなノック音に数瞬反応に遅れた。さらに、この時の俺は完全に家モードの雰囲気を醸し出していた。学校だというのに、普通に油断していた。


「あ、あの……会長、さん……。」

「っは、はい!……えっと……。」


俺が慌てて取り繕った時には、すでに訪問者は室内に顔を覗かせており、俺の方へと目を向けていた。内心冷や汗を流し、心臓も激しく鼓動している中、できる限り平静を装い訪問者に笑みを向ける。

訪問者は1年の女子生徒で、見たことがない顔だ。珍しい。1年生が生徒会室に来るなんて委員会などでしかない。新顔ということは、委員ではないはずだ。何の用だろう

そう思っていた俺を真っ赤な顔で見てくる女子生徒は、緊張で震えた声で用件を告げた。


「あ、わ、私……!は、初音ちゃんの、その、代理で!……あ、1年B組の水輿舞菜っていいます。」

「……あ、あぁ、うん。初音ちゃんの代理の。うん、聞いてるよ。書類だよね。」


まだ緊張したようにコクコクと頷くその子に、殊更優しく微笑む。完璧な会長スマイルだ。自分でやって鳥肌が立つ。でも、これが正しい湧洞景介生徒会長。やらねば。

しかし、そんな俺の渾身の笑みを見たその子は、なぜかポカンとしている。おかしいな、いつも会長として表に出るときに同じような笑みを浮かべている俺からしたら、予想外の反応だ。


「……えっと、書類、だよね?」

「へ?……あ、はい!そうです、書類!えと……こ、これです。お願いします。」


慌てて差し出してきた書類を受け取り手早く確認していく。見慣れた分かりやすくまとめられた報告書だ。問題は無さそうだ。確認していく。


「うん、ありがとう。……うん、オッケー。これで1年B組は書類全部提出だね。お疲れさまでした。」

「あ、ありがとうございます。よかった……。」

「ははっ。じゃあ、明日からの文化祭も頑張ってね。」

「は、はい!頑張ります!」


元気に宣言し、部屋を出ていったその子に、肩の力が抜けた。

面白い子だった。水輿舞菜。今年の1年生は興味が引かれる存在が多い。1人になった部屋で、思わず笑い声をたてて笑ってしまった。

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