若のためにできることすべてを
景介視点です
「……よし、これでいこっか。2日後の午後、もう届けは出したんだよね。」
「はい、すでに届けは提出済みです。邪魔は入りません。」
裏街ーーこの地域に存在する、犯罪多発及び犯罪者潜伏地域ーーの監視の計画が本決まりし、俺は静かに興奮を募らせていた。
先日親父から指示されていた江徒の動向から、どうやら裏街も絡んでいるらしいことを掴み、監視も前倒しになった。
裏街は、多種多様な犯罪者が根城にしており、警察ですら手出しをしない地区。実質無法地帯だ。数年前、ちょっとした遊びの末、裏街の実質的な統治者になった若は、度々様子を見に行っては圧力をかけている。一般人にその悪意の害が及ばないように。
若が裏街へ赴かれる際は、俺も同行する。その時には、ほぼ確実に喧嘩が勃発する。主に相手取るのは若だが、場合によっては俺も参戦することもある。普段は若の活躍の裏で、目立たないように静かにサポートに徹し、大人しくしている俺だけど、こんな世界に好き好んで身を置いているあたり、本質は好戦的なそれと思っている。
……拷問なんてものを天職と言ってやっている時点で自明の理か。
だから、日頃若の素晴らしさを解さない馬鹿で愚かな輩を相手することで溜まっている鬱憤を、ここで発散する、ではないが、喧嘩ができることは俺としても歓迎すべきことだ。裏街への監視を、今から心待にしている。
「それは重畳。最近はあんま暴れられてなかったからね。体も鈍っちゃうってもんだよ。今回はいい奴いるかなぁ。景介も、好きにやっていいからね。俺たちの力を見せつけるのが目的なんだから。」
「承知しております。私にとっても、外で暴れられる唯一と言っていい機会ですからね。遠慮なくさせていただきます。」
外では基本高校生の湧洞景介でいることが多い。誰かに見られるかもしれない状況では、若の側近としての顔は出せない。品行方正な生徒会長を演じている以上、外で殴る・蹴るなんてもっての他。抗争や取引現場など以外でその仮面を外すことはほぼない。
全く、若のご命令ゆえにあのキャラを演じているが、制約が多くて嫌になる。早く誰憚ることなく若の側近として動くことができるようになりたいものだ。
だから、滅多に人が近寄ることもなく、中に入ってしまえば身バレの危険性もぐっと下がる裏街は、俺の格好の狩り場と言っても過言ではない。
「ふふふっ。明日から文化祭だからね。期間中はイベントが目白押しだよ。スタミナ切らさないように頑張ってね。」
文化祭の3日間は、毎日予定が詰まっている。1日目は文化祭の運営、2日目は裏街の監視、3日目にはあの計画だ。1日目と2日目はともかく、3日目は若の悲願が叶うかがかかっている。絶対に失敗できない。若の言葉に、俺も頷いた。
「そうですね。すべて滞りなく進むよう、手を尽くさせていただきます。」
「うん。いつも通りやってくれればいいよ。景介のサポートは完璧だからね。さっすが、俺の右腕だよ。」
「……わ、若……。もったいないお言葉です……!」
若は常々俺の心酔具合を不思議に思っていらっしゃるようだが、こんなに嬉しい言葉を惜しむことなく言ってくださるからに相違ない。俺以上の能力をお持ちで、誰より努力なさっているのに、誰より周囲のことを考える優しい方だから、微々たるものとは知りながら、側でそのサポートをしたいと思える。
柔らかな笑みを向ける若に、深々と頭を下げながら、心からの称賛と敬愛の念を贈った。若ほど素晴らしい人間は、きっとこの世に2人といない。そして、そんな若に望まれ仕えることができている俺は、きっと世界一の果報者で幸せな男だ。
「……景介?……まったく、まーた変なことでも考えてるの?よく飽きないよね。」
「全く。むしろ、日々過ごす中で、若がどれほど素晴らしい方か、身に染みて感じております。その魅力たるや……若の側近であることが誇らしく思えて止みません。」
「……ほんと、奇特な奴。俺よりすごい奴なんてザラにいるでしょ。さ、その顔直して。学校着くよ。」
「……はい。」
若の一言に、不承ながらも返事をする。学生の湧洞景介なんて脱ぎ捨て、若の側近としての湧洞景介でのみ存在していたい。……この上なく、おうちに帰りたい。けして外には見せられない、子どものような感情が湧き上がる。
「若、到着いたしました。」
「ありがとー。景介、いける?」
「……あぁ。いつもありがとう柳田さん。貴斗、行こう。」
「うん。……いつも通りの会長だね。けっこうけっこう。」
俺の擬態の満足そうに頷く若に、内心モヤモヤしてしまう。若のご命令だからこそ外面の完璧な擬態を心掛けているが、心中はまったく切り換えられていないのだ。本当なら、今すぐ若の鞄を受け取り、後ろに控え、側近としての使命を全うしたい。傅きたい。
無論、若は俺の心中も知らず無意味なことを命令なさる方ではない。俺の気持ちも察した上でこのようにさせている。
曰く、”俺が大人になっても景介を庇護できるように、家で側近として動くのは構わない。でも、景介には極力、普通の生活をさせたい。俺の家の家業に巻き込む前に、普通ってのも体験してほしい。学校とかで俺にばっかかまけて周囲から奇異の目で見られるなんて状況を許したくないし、学生らしい交流をしてほしい。何より、側近としてよりも景介とは友人でいたい。だから、せめて外ではただの友人として接してほしい”とのこと。
そんな心尽くしの言葉を若から贈られ、俺が無視できるわけもなかった。
俺としては、例え周囲からどんな目で見られようと、若に仕えることができるなら少しも気にならないが、友人でいたいと言われては、頷くより他なかった。俺だって、若としてよりも貴斗として接していた期間が長いのだから、一番の友人だと思っている。
若の意思を尊重するとともに、俺も貴斗の一番の友人の座を大切にしたいのだ。




