親父からのお説教
貴斗視点です
「……ってわけで、あの件は今日中に片が付きそうだよ。景介がはりきっちゃってねー。」
「そうか。景太郎、さすがお前の息子だな。」
「いえ、そんな。親父に目をかけていただけるほど大層なものではありませんよ。若、愚息が長いことご迷惑をおかけしました。それくらい、あいつのやりたいようにさせておいてやってください。どうせ、それしか突出した能のない倅です。」
「ふふっ。景太郎おじさんも景介には厳しいんだから。で、親父。この前も言ったけど、1回じーちゃんとこ行ってよね。俺、もうじーちゃんの家行きたくないんだけど。古狸に睨まれるのもーこりごり。」
真夜中、俺は親父と景太郎おじさんーー景介の父親だーーに、今日の報告をしていた。いつもなら景介もいるけど、今あいつは取り調べという名の趣味に勤しんでいることだろう。きっと、明日の朝はツヤツヤのキラキラ笑顔を振り撒いて、組員全員をドン引きさせているに違いない。景介がその顔をするということは、つまりそういうことだと、みんなが知っている。
1つ目の目的である定例会に関わることの後始末と本家への顔出し命令の遂行催促を終え、俺としての本題を話す。この世界において、親父の認可があれば、それだけで対応が楽になる。俺が本意で話していなかろうと。
「で、話は変わるけど。この前話した子。」
「あぁ……お前がしつこくも8年間ずっと追い回してたな。粘着質な男はモテないぞ。」
「うるさいなぁ、しつこいんじゃなくて一途って言ってよ。その子。6日後にやるから。」
「……そうか。」
「ここは親父のやり方踏襲することにしたし、後処理よろしく。」
「ほんと、碌でもねぇバカ息子を持っちまったもんだ。」
「あはっ、そりゃ、碌でもない親父の息子だもんね。しょーがないでしょ。」
わざとらしく嘆息する親父に、俺も軽口を返す。基本、俺と親父の会話は嫌みの応酬だ。
俺が碌でもないってのは否定できない純然たる事実だけど、これは絶対親父の血だ。疑う余地もない。母さんをオとした方法を聞いたときは、幼いながらも親父クソヤローだな、と思ったくらいだ。まぁ、同じことをやろうとしている時点で俺も同類なんだろう。
「親父、若。言い合いはそのくらいになさってください。若、後処理だけで?」
「うん。フォローは景介が。親父たちには、後処理だけ頼みたい。……あ、成功したらすぐに家に連れてくるし。そんときちゃーんと親父やってくれたらオッケー。」
「手の早い奴だ。貴斗、言っとくが、それをやるからにはその子の人生の責任をお前が負わねばならん。分かってるな。」
これまでの胡散臭いニヤニヤ顔を消し、真剣な目でそう言う親父に、俺は一呼吸置いた後、口を開いた。
「……正直、そこまでの覚悟を本当に自分が持ってるかなんて、分からない。」
「……貴斗。」
親父が咎めるような声色で俺の名を鋭く呼んだ。当然だろう、これから俺がしようとしてることは、どう転んでも初音の人生を狂わせる。覚悟もなしにやることじゃない。
でも……。俺は初音のことを頭に思い浮かべた。
「分かってるよ。俺だって、こんなことするなんて、正気の沙汰じゃないってことくらい。この世界に関わらせることだって、初音の精神に干渉しかねない手段取ることだって、おかしいって理解はしてる。俺が第三者なら、きっと軽蔑してたね。……でも、あの子を……初音を手に入れたいって気持ちは本物だよ。8年間、ずっと焦がれてたんだ。今さら離してなんて、まして他の奴のものになるなんて、できる気がしない。」
8年前、俺は初音の言葉で変われたんだ。初音にふさわしい、初音がそうだと評してくれた存在になるために。初音はもはや俺の存在理由。俺がこれからも”茶戸貴斗”であるためには、初音が必要だ。
あぁ、初音。かわいい俺の初音。この気持ちの根源が果たして恋情なのか執着なのかは分からないけれど、でももうあの子は俺のものにすると決めている。初音を他の誰かに奪われるなんて冗談じゃないし、今後離してやれる程度の気持ちなら、きっと今ここまで欲しいなんて思わない。
「……ふふっ。まるで親父のようですね。」
「お、おい景太郎。」
「……おじさん、どういうこと?」
「高校時代、親父も似たようなことを言っていたと思いまして。」
「……ふぅーん。」
景太郎おじさんの一言に、俺は冷めた目を親父に向けた。偉そうに説教垂れといて、やっぱり根本は俺と変わらない。まるで同じ思考回路をしてる。
……ていうか、俺が親父の血を濃く受け継ぎすぎな気もしてきたな。
「……しょ、しょうがないだろ。凛華が欲しかったんだから。」
ふてくされたようにそっぽを向き、言い訳めいた台詞を吐く親父に、俺はいかにもわざとらしくため息をついた。
「親父、ほんとクソ。」
「てめぇにだきゃ言われたくねぇな。」
どこまでも似た者同士らしい。1つ言えばすぐ返ってくる言葉にさらに言い返す。まるでこちらの言うことを分かっているかのように的確に言葉を返す親父に、こちらも同じように返していく。何度かラリーが続くと、景太郎おじさんが静かに笑い声を溢した。おじさんの様子に、俺も親父もなんとなくバツが悪くなってくる。
「景太郎……。」
「景太郎おじさん……。」
「あぁ、失礼いたしました。つい。」
多少恨みがましい気持ちで睨むも、痛くも痒くもなさそうな顔で頭を下げられた。さすがあの景介の父親。一番喰えない人だ。
「はぁ……とりあえず、俺の話は終わりだよ。そっちは?」
「……今、江徒の方に少しばかり動きが見えてる。調べとけ。」
「はいはい。はーぁ、めんどくさ……。弱いんだから、余計なことしないでほしーよね。いつまで?」
「1週間後、朝だ。」
「余裕。すぐ終わらせる。他は?」
「今はいい。」
頭の中で直近のスケジュールを確認し、調査を入れ込む。奴等の動きくらいであれば、片手間程度でも調べあげられる。セキュリティーがザルだから、早ければ3日以内に満足いくものが報告できるだろう。
「りょーかい。じゃ、終わったら持ってくるよ。裏街監視もしたいし、パパーっとやっちゃうね。」
そう言って席を立ち、扉を開けようと手を伸ばすと、後ろから親父に呼び止められた。
「何、親父。」
「何でもいいが、傷だけはつけんじゃねぇぞ。分かってんだろうな。」
「……あはっ。もちろんだよ。ターゲットは女の子。そんなヘマしないってば。」
真剣な表情で言う親父に、俺は笑みを溢しながら軽く返す。
相手はこの世界とは別の世界の住人で、しかも女の子。野蛮な真似なんてするつもりもさせるつもりもない。今までみたいに、単純なパワーだけで相手していい存在ではない。重々承知の上だ。知識とスキルをフルに使ってあの子に俺を好きになってもらわないといけないのだから。
恋愛事なんて、言ってしまえば俺も全くの門外漢。初心者なのだ。慎重にやっていく必要がある。
どうやって計画を進めていこうか。頭の中で初音の顔を思い浮かべながら、俺は自室へ戻った。
次話から景介視点です




