優しい人たち
畑本視点です
新太さんの返事に扉を開けると、新太さんは書類に向かって筆をサラサラと走らせていた。
瑛兄の10歳上である新太さんは、本当に兄弟かと疑うほど瑛兄とは正反対の、物腰穏やかで静かな人だ。どちらかというと机に向かってる方が得意とも言っていた。本人曰く、ここの姐さんである母に似たんだろう、と。
「どうしたんだい?龍司。また瑛史に使いっぱしりにされてるの?」
「まぁ、そんなとこっす。これ、瑛兄から預かりました。」
「ありがとう。ついでと言ってはなんだけど、これ、瑛史に届けてくれるかい?計算ミスがある、確認しなさいって。」
「もちろんっす。他はいいっすか?」
新太さんからも依頼され、両手いっぱいの書類とともに退室しようと立ち上がったところで、新太さんに呼び止められた。
「いつもご苦労さま。3人で食べな。」
書類の上に小袋の駄菓子をいくつか乗せ、新太さんは書類へ向き直った。
新太さんの部屋に来ると、必ず3人用と言ってお菓子類をくれる。だから、新太さんの部屋に来るのは少しだけ楽しみだ。瑛兄はいつまでもガキ扱いしやがって、と怒ってたけど。
新太さんの部屋を出て、最後は親父さんのところだ。今でもすごく緊張するが、まぁこれもいずれ慣れるだろう。
「親父さん。龍司です。今いいですか。」
「入りなさい。」
「失礼します。瑛兄から書類を預かりました。ご確認をお願いします。」
いかめしい顔で書類を見つめていた親父さんは、俺の言葉にチラリとこちらに目を向けた。聞いてるって合図だ。俺は書類を机の上にそっと置いた。
「ではこれで失礼します。」
「待ちなさい。龍司、少し話したいことがある。」
急に親父さんに呼び止められ、俺は大げさなくらいビクリと肩を震わせた。
聞きたいこと……?何だ、親父さんが俺に?なにか俺、やっちまったのかな……?
「えと……なんですか?」
「お前がここに来て、もうすぐ1年となる。お前の、将来のことを聞きたい。」
「しょ、うらい……?」
「私としては、お前が望むのならここに入れるのもやぶさかではないと思っている。」
親父さんの衝撃的な言葉に、俺は目を見開いた。
ここに、俺が入る……?茶戸の一員になるってことか?
ずっと、瑛兄や景太郎さんと一緒にいれるってことか?
「そ、それって……っ!」
「落ち着きなさい。すでに瑛史と景太郎には、それとなく考えるように言ってある。無論、無理強いするつもりはない。断ってもいい。よく考えなさい。」
「あ、ありがとうございます……。」
呆然としたまま部屋を出て、俺は浮足立ったままフラフラと瑛兄たちのいる部屋へ向かった。
茶戸の一員になる。もちろん簡単な道じゃない。色々制約のある世界だって聞くし、普通の生活だって難しくなるだろう。お袋だって、反対するに決まってる。そういう世界だ。
でも。他でもない茶戸なら。その制約やらを考慮しても、入る価値がある。
「真面目に考えてみようかな……。」
俺は誰もいない廊下を歩きながらポツリと呟いた。
 




