今日が俺の命日……いや、感動で天にも登りそうだ!
景介視点です
「景介、よく満屋が密偵だと気づいたな。」
首を傾げていた俺に、鋼太郎様が声をかけてきた。感心した色で俺を見つめている鋼太郎様に、俺は慌てて返事をした。
「い、いえ!とてもよく溶け込んでいらっしゃいました。気づいたのは、ほんの偶然に過ぎません。」
この件に関しては、偶然の産物としか言い様がない。たまたま怪しく見える現場に居合わせて、たまたま気づいた。……まぁ、巡り巡ってその偶然が自分の首を締めているわけだけれども。
「いや、あいつに気づいたのがすごい。監視も兼ねて関連組織それぞれに潜らせてはいるが、気づかれたのは今のところお前たちのところのみ……。しかも、帰ってきた奴が開口一番何を言ったと思う。」
「えっと……。」
鋼太郎様からの問いに、肝心の俺の脳はピクリとも動かない。当然だ。この業界のトップで絶対的権力者である鋼太郎様にお声掛けいただいている上、名前まで覚えていただいているだけでもキャパオーバーだというのに、先程の精神的ダメージと、鋼太郎様を前に一欠片の失礼も犯せないというプレッシャー故に、俺の脳はもはや稼働停止状態だ。早くこの状況から解放してほしい。
「……も、申し訳ございません。検討もつきません。お教えいただきたく……。」
「うむ。……”茶戸家に年若の逸材がいた。若君の側近で、組織内の取り調べを一手に引き受け、日夜拷問をも執り行っている。地獄を見た”と。」
「……。」
冷や汗が止まらない。手のひらも背中も額もびっちゃびちゃだ。よもや鋼太郎様にそのように知られていたとは……。本当に、今日が俺の命日なのかもしれない。
「うわ、その満屋って人、景介のことよく分かってんじゃん。まさに逸材だよ。よかったねー、景介。」
「……もったいない、お言葉です……。」
若は機嫌良さそうに笑いながら俺に言葉をかけてきた。そして、それは俺に的確に致命傷を負わせている。
何もよくありません、若。もしかしたら、本家で私はとんでもない冷酷で冷血な、青の血が流れる拷問魔だと思われているのかもしれないんですよ?いえ、すべてが間違いとは申しませんが。
「貴斗と同じ年頃で、あいつにそこまで言わしめるとは、すごい才能があったものだと思ってな。聞けば、景太郎の息子ときた。毎度定例会に貴斗が伴っているのは知っていたが、思えばあまり話したことはなかったと感じてな。」
「……鋼太郎様にそう言っていただけるとは……。身に余る光栄です。」
鋼太郎様の言葉に、俺は恐縮し通しだ。若と鋼太郎様に挟まれ、自他ともに認める早さを誇る頭の回転は、カタツムリ並みにしか動かない。言葉さえ満足に浮かばない。俺はこんなにも脳の動きが愚鈍な奴だっただろうか、とへこみそうだ。オロオロと視線をさ迷わせていると、鋼太郎様が次の言葉を続けた。
「これを機に、景介とコネクションを築いておくのもいいだろう。」
「そ、そんな!鋼太郎様が私などにわざわざそのようなことをなさらずとも、ただ一言ご命令いただければ、可能な限りのことはさせていただきます!」
頭が一瞬真っ白になった後、反射で口を突いた言葉を、遅れて脳内で咀嚼し直す。下手なことは言っていないはずだ。よく動いた、俺の声帯。
「うわ。もー景介。急に大声出さないでよね。」
「あ……申し訳ございません、若。で、ですが……。」
「景介、わしはさすがに、孫と同年の子を駒に使う気はないぞ。それに、貴斗のお気に入りに手を出すつもりもな。」
「お、じーちゃん目敏いねー。」
「貴斗の言動ですぐ分かる。まぁ、お前たちのような若い才能と今の内に繋がりを持つのも重要だ。協力体制をより強固にするためにもな。」
若と鋼太郎様の言葉に、胸が熱くなる。まさか若のみならず、鋼太郎様にまでそんなにも高く評価していただいているとは。命日かと思っていたが、今日は俺にとって大安吉日だ。今日の朝の占いはダントツ1位だったに違いない。
「鋼太郎様にそのようなこの上ないご提案をいただいて、断る理由はございません。本家との関係をより強固にするのも、本望です。」
喜色で顔を染め、是非もない提案に頷く。そんな高い評価をいただいて、断るのも失礼だ。本家とより綿密になれるのも、心強い。
「そうか。よろしく頼む、景介。」
「こちらこそ、これからも末永いご縁となりますよう、お頼み申し上げます。」
立ち上がり、鋼太郎様に頭を下げる。俺のことで本家と茶戸家の新たな縁となるのなら、それほど喜ばしいことはそうそうない。
満足感一杯のまま顔を上げると、若が少し満足そうに笑っているのが見える。もしかして、若はこうなることを見越して話題を仕向けたのだろうか。