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楽しげな祖父と孫の時間(嵐の前の静けさともいう)

景介視点です。

解散の声に、1番に部屋を出ていく鋼太郎様に続き、若と共に退出する。鋼太郎様に次ぐ高位である若がこの順で出るのは当然だが、高校生という若さだけで不満げな顔をしている奴等の顔と組を覚えつつ、若とスケジュールを確認する。


「やっと終わった。変にピリピリしちゃって、困るよねー。景介、取り調べだけど、組員も動員しよう。5人、それで時間どれくらい取れる?」

「そうですね……。1人30分として、3週間あれば我々のみで可能かと。」

「1時間。」

「厳しいですね……。昨今の荒れ様から、2ヶ月後には手を打つ必要が出てくると思われます。それに影響が出ないようにするとすれば、……とれて45分です。」


今日の会議内容からも分かるように、今この世界は揺れている。各地で大なり小なり争いが起こり、戦況は徐々に悪化し、近い内に抗争が起こると見られている。恐らく、1年以内に始まるだろう。

その時、業界最大勢力として、茶戸家は下手な結果では終われない。周囲への影響力を考えると、他勢力に辛勝というのは好ましくない。圧勝し、その力を示さなくては、この国の安全など守れない。そのために、綿密に計画を立て、物資を準備し、情報を揃えなくてはいけない。そうすると、少なくとも2ヶ月以内には動き出したいところだ。抗争も、思い付きや軽いノリですぐ起こせるもんじゃない。むしろ準備期間こそが勝敗を分けると言っても過言じゃない。

とすると、直前にあんな些末な奴等の些事に付き合ってる場合じゃないのだ。本当に忌々しい奴等め、若の貴重なお時間を奪うなど、言語道断、万死に値する。


「……しょうがないかぁ。確かに、あいつらに割けるほど、時間的余裕はないもんね。スケ管よろしく。組員で時間ある奴に割り振って。」

「承知しました。」

「てことでじーちゃん、あの件はウチで預かるよ。」

「そうか。あんまりいじめるんじゃないぞ。」

「分かってるよ。俺だって、同業者のセンパイ方に嫌われたい訳じゃないからね。メリットが明確じゃなくても、コネって大事だし。」

「あいつらに利用価値がありますでしょうか。私には、甚だ疑問ですが。」


ケラケラと笑う若に、俺も笑い返しながら言葉を重ねる。茶戸家が持つ影響力が絶大なため、他組織とのコネを作ろうが壊そうがどうということもない。むしろ、重荷を作ったくらいだ。コネを維持するのも、維持費と時間という対価を費やさなくてはいけない。楽なことではないのだ。

そんな意味を込めて言うと、若も思っていたのだろう。笑みを深めて、だめだよ、景介、と俺を諌めてくる。


「何でも正直に言えばいいってもんじゃないだろ?今はガラクタにさえ価値が付く時代、無価値なものなんて、そうそうないんだから。」

「そうですね、失言でした。どうか、お忘れください。」


若と2人でクスクス笑いながら歩いていき、鋼太郎様の執務室へ入る。

部屋に入るなり、雰囲気を和らげた鋼太郎様に、若も応えるように柔らかく笑った。


「貴斗、こっちへ来なさい。疲れただろう、今お茶を持ってこさせる。」

「あぁ、お座りください鋼太郎様。私が。すぐお持ちします。」


立ち上がりかけた鋼太郎様を止め、俺はすぐ給湯室へ向かった。

あの空間は特別なものだ。容易に気を緩めることができないこの世界で、若と鋼太郎様のあの戯れの時間は、とても貴重で実現困難なものだ。自分の中に他より突出して大事なものを作るのは命取りになり得る。それでもそうやって気を緩められる場を持てるのは、精神的に大事だし、本家との親密さをアピールすることで牽制にもなる。

……というか、ここまで御託を並べておいてなんだが、若にも鋼太郎様にもお茶汲みなんて雑事のために動いていただくなんてできるわけがない。畏れ多い。本音としては、そんな雑事は俺にいくらでも任せて、どうかゆっくり親交を温めておいてほしいといったところだ。

お茶とお茶請けを用意し執務室に戻ると、若は俺を見て何やらニヤニヤと口元を緩ませている。若の様子に戸惑いながら、とりあえず2人にお茶を差し出す。


「お待たせいたしました。……あの若、何かございましたか?」

「ふふっ……いーからいーから。景介も座んなよ。お茶ありがとー。」

「……はい。失礼します。」


ニヤニヤしたままの若からの突然の指示に、少し警戒しながらも俺は指し示された若の隣へ腰を下ろした。普通側近が同席することはなく、後ろで控えているのが常だが、何かあるのか。

……はっ!?もしや若のーーそしてさらに鋼太郎様のーー御前で、俺は何か粗相を仕出かしてしまっていたのか?そんなことになっていたら、俺は何と言って詫びればいい?

戦々恐々としながら若の言葉を待っていると、鋼太郎さまが優しげな声で俺を呼んだ。


「景介。」

「は、はいっ。ご用は。」

「さっき貴斗から聞いてな。この男に見覚えは。」


そう言って鋼太郎様が差し出した写真を見ると、すぐ思い当たる男が頭に浮かんだ。


「はい。確か、名は満屋巧。2ヶ月前に密偵として潜っていた疑いで私と私の父が取り調べた男です。」


1週間口を割らず、途中で親父に交代させられた男だ。あと少しだと思っていたのに代わられたせいでフラストレーションが溜まった案件だ。よく覚えている。


「……ところで、この男がいかがいたしましたか。」


なぜ鋼太郎様がこの男のことを気になさるのか。まさか、命知らずにも本家にまで手を出していたのか。

つらつらとそんなことを考えていると、思いも寄らぬことを言われた。


「ここの人だったんだってー、この人。」

「……え、は……?……い、今なんと……。」

「だからー、本家の人間だったってこと。」

「……。」


顔面蒼白。今の俺の状態ほど的確にこれを体現したものはないだろう。自分でも分かるほどに、一気に顔から血の気が引いた。やけにでかく聞こえる心臓の音が、耳の裏まで響いている気がする。


誰か嘘だと言ってください、切実に……!

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