だから景介、お前はいつもやりすぎなんだって
貴斗視点です
「さ、田島くんは今すぐ手当て受けないと。景介ほんとやりすぎ。言ったじゃん、入れる予定だって。トラウマになったらどーすんの。」
男が落ち着いてきたタイミングで、俺は声をかけた。こうして話せているとはいえ、男はかなりの重傷だ。常識的に考えなくても、病院へ駆け込まなければいけないレベルだろう。ここまでやった犯人である景介を睨みながら、簡単に傷の程度を見た。手遅れな傷や致命傷などは見た限りなさそうだ。
「申し訳ございません。少々熱が入ってしまいまして。」
ヘラリと眉を八の字に下げた景介を、呆れ顔で見返した。顔も腕も腹も胸も血だらけの男に、心底同情する。男もドン引きだ。
「こ、これで……少々、だと……?」
「えぇ。今日は後に2人控えておりますので、温存はしてあるんです。過去にはもっとひどい有り様の例もありますから、あなたは運がいい方です。」
「こ、こいつ正気かよ……!」
「景介はねぇ……。ここで唯一の拷問師ってやつ?やってるくらいだし……。異常なのが正常ってところかな?ねー、景介。」
「大変不本意且つ遺憾ではございますが、概ね誤りではありませんね。否定はしません。」
ニコリと朗らかに笑ってみせる景介に、男は頬をひきつらせている。まぁ、景介が変なのはいつものことだし、異常な神経の持ち主ってことも今更だ。今の内に存分に引いといてほしい。これからは同僚になるんだから。
軽く男の体を拭き、この部屋から出られる姿になった男を確認し、俺も外へ出る支度をする。この部屋に入ると、何もせずとも血の匂いが体に染み付いた気がするのだ。軽く消臭剤を服にかけ、声をかける。
「さ、病院行くよ。今車用意してるし、ここ出よう。田島くん動ける?景介、組員呼んで。」
「すでに手配しております。先方にも連絡はいれてありますので、すぐ診てもらえると思います。」
「あ……わ、若……その、色々手配、ありがとうございます……。」
「あはっ、いーよいーよ。そーなったのはこっちの責任だし。別に今すぐ意識変えろとも言わないから、敬語とかも今はいいよ。こだわらないし。好きにして。」
「……ここ、変なとこだな。上下とか、ねぇのか?」
変な表情で俺を見上げる男に、とりあえず無言で笑みを向けておく。茶戸家は厳格な上下関係で成り立ってるし、なんなら後ろに口うるさいのがいる。個人間の上下関係にこだわりがないなんて言ってるのは俺くらいなものだ。今も後ろから不満そうな視線が飛んできている。
「……はぁ。若、以前から申し上げておりましたが、少しは気にしていただかなければ困ります。若は将来、上に立つお方なんですから。」
「部下にんなこと言われる若頭なんて、聞いたことねぇよ。」
まったくもって頭の固いことだ。若頭といってもまだ学生だし、好きにさせてほしい。ていうか、上に立つといっても、俺の希望は実動部隊。なんなら、一組員でもいいと思ってるくらいだ。そんなの許されないけど。
そんな俺の心の内を知っている景介は、諦めたように一度ため息をつくと、困ったような笑みを見せた。
「まぁ、そのように誰にでも公平に親密に接していらっしゃるのも、若の数多くある魅力の1つですね。出すぎた真似をいたしました。失礼を、お許しください。」
「ははっ、まぁ、魅力の1つかどうかは置いといて、分かってくれてよかったよ。……あ、来たみたいだね。入ってー。」
「若。こいつっすか。立てるか?」
「あ、あぁ……。」
「んじゃ、いくか。若、姐さんが夕飯できたから来いと。」
「オッケー。景介、行こっか。じゃ、田島くんお大事にー。治ったらよろしくね。」
組員に肩を貸されながら出ていく男に、少しホッとした。大事に至る前に色好い返事をしてくれてよかった。景介の手にかかれば、男1人くらい、瀕死にすることだって容易だ。
「若、お待たせいたしました。片付きました。」
「ん。ご飯食べにいこっか。」
正直、この惨状を見たら入るもんも入んないけど。そんなことを言ったら母さんが拗ねるのは必至だし、親父にも締められる。顔は出しておかなければ。
「景介、今のは報告いいや。確認済みってことで。親父にもそう言っとく。」
「承知いたしました。残り2名については、明日夜までにご報告いたします。」
「貴斗兄!」
廊下に出るなり飛び付いてきたのは、妹の美南だ。
「貴斗兄、待ってたのよ。ね、夕御飯の後時間ある?勉強教えてほしいの。」
「中学の範囲くらい自力で分かれよ。なんの教科?」
「いいのね?!数学!次の模試で出そうな問題なの。落としたくないの。」
喜色一面で俺の腕を抱え込み擦り寄ってくる美南は、自他ともに認めるブラコンだ。重度の。俺の周りの人間によく見られる特徴だが、極端に俺を神格化するのはやめてほしい。
ずっと俺の周りで色々話しては騒いでいる美南をそのままに廊下を歩いていたら、次は弟の孝汰が近づいてきた。
「美南、貴斗兄ちゃんを困らせるんじゃない。ごめんなさい、貴斗兄ちゃん。今剥がすよ。」
「孝汰兄。何よ、いいじゃない。ねー、貴斗兄。」
またうるさいのが増えてしまった。この孝汰も、例に漏れず俺を神格化したがる1人だ。なんでもいいけど、全知全能の身ではないので、そろそろみんな現実を見てほしい。
周りでうるさくしているのを適当に流しながら広間に行くと、もうみんな集まり待っていた。親父の目に急かされながら席に着く。
食事をしながら今日一日のことを報告していく。これから親父の手を借りたいこともある。きっちり報告をあげ、スムーズにその威を借れるようにしておかなければ。
次話から景介視点になります