ほら、優秀な奴は手元に取っとかないとね
貴斗視点です。
「キミを、ウチに引き抜こうと思ってるんだ。」
俺は男に向かって笑顔で言い切った。男は俺の言葉に驚きで目を見開いている。想定内の反応に、自然と笑いが漏れた。
他組織からの引き抜き。これまでも幾度となくやってきた手法だ。これによってウチは有能な人材を何人も持つことができた。
「ふふっ。ウチも巨大組織っていっても例に漏れず慢性的な人材不足でね。調べればキミ、武術の心得があるみたいだからさぁ。戦力になりそうなら確保しときたくて。」
「……で、でも俺は酉の……。」
目を泳がせ、迷うような素振りを見せる男を見て、俺は景介に目配せする。俺の視線を受けた景介は頷き、口を開いた。
「76名。」
「は?」
「今までに、他組織からスカウトし、ウチに移った組員の数です。そうですね……あなたの現在の所属である酉宮からも、確か9名ほど。」
景介が口頭で示すデータに、男は目を白黒させ呆然としていた。当然だろう。引き抜きでそんなに数を取っているのはなかなか他組織ではない。茶戸家単体で見たとき、組織の中のおよそ9%が引き抜きで得た人材ということになるのだから。
「で、でも……やっぱ他から移った奴なんて……。元からの奴も、気分悪いだろ……。」
眉間の皺を深め俯く男に、俺は笑みを浮かべた。今まで引き抜きをかけた奴も多くがそのことを心配していた。だけど、俺たちがそんな抜かりをするはずない。
「安心してよ。ウチはアフターフォローも万全だよ。こっちから頼んで移ってもらったんだ。粗悪な扱いするわけないじゃん。」
「茶戸家の組員には、害を為さないよう徹底した教育を行っております。無論、最初から無条件に、とはいきませんが、きっと組員すべてが歓迎すると約束します。」」
俺たち2人の言葉を聞いて、男はしばらく考え込んでいたが、決意したように顔をあげると、もう1度確認するように言った。
「……そっちに入ったら、俺の家族には手出ししないんだな。」
「あっちの報復から守ることだって可能だよ。」
「……け、蹴ったら……。」
「そんなの、この世界にいるキミなら分かってるでしょ。」
「……、……あいつらに、なにもしないってんなら……。」
苦渋の決断と言ったように顔をしかめ声を絞り出し言う男に、俺は笑みを浮かべ、歓迎の言葉を送った。
「ようこそ、田島くん。俺たちについたこと、絶対後悔させないよ。」
「よろしく、頼む……茶戸家の若。」
複雑そうな顔で俺に頭を下げる男に俺は満足げに頷いた。これで引き抜き自体は完了だ。次の段階のことを考えていたら、携帯に着信が入った。発信者を見て、俺は思わずおっ、と声を上げた。なんていいタイミングなんだ。
「もしもーし。着いたー?」
『はい。向こうも予想通りいますね。……懸念が当たっています。いいですか。』
「あらら、やな予想って当たるもんだよねー。もちろん。絶対逃がさないでねー。」
電話を終え、こちらを注視していた男に微笑む。不安そうな顔をしている男に、俺は今の電話の説明をした。
「安心して。今のはね、田島くんの家族のとこに向かわせてた組員からだったんだ。報告をあげてくれた。田島くん、古巣の奴等が家族のとこにいたんだって。どういうことか、分かる?」
「な、んで……。」
「奴等にとって、田島くんとその家族は、ここで切り捨てるだけの捨て駒だったってことだよ。」
言いながら、奴等への嫌悪感が広がっていく。身内だけじゃなく、この世界には無関係に近いその家族まで殺そうとするとか、その根性が気にくわない。腐ってる。そんなこと、させてたまるか。
俺の言葉に顔面蒼白で狼狽えている男に、俺はできる限り穏やかな声で再度、安心して、と声をかけた。
「言ったでしょ?向かった奴らは、俺の言葉1つで何でもするって。すでに手配は済んでるから。今、ウチのが保護してるよ。」
「ほ、ほんと……か?」
「うん。元々、田島くんの家族に害を為すつもりはなかったし、あいつらには鳥田が来たら捕らえろって言ってたんだ。家族は今こっちに来てるし、近いうちに安全なとこに移す予定。今の連絡は、応戦の許可取り。」
まったく。捕縛命令は出してあったのにそんな許可取りするなんて。奴等、銃火器でも持ってたのか?一般人のいる住宅街でそんなものぶっ放すなら、今すぐ潰してやる。
「そんな……俺が入るかも分からないのに……。」
「……そんなの、決まってるでしょ。俺ら裏の不始末で、表の人間に迷惑かけるわけにはいかないよ。……茶戸家に入るなら覚えといて。裏の人間には裏の、守らないといけないルールってのがある。表の人たちに少しでも害を為さないようにするのは俺らの義務。力を持つものは、その力に見合った方法でそれを世間に還元するのが義務。それを守れない奴に、裏で生きる資格なんてないよ。」
ヤクザで、いわゆるアンダーグラウンドの住人でもあるけど、茶戸家の本質は任侠だ。けして、やたらめったら事件を起こす三下とは違う。
考え方としては、’ノブレス・オブリージュ’が一番近いだろうか。茶戸家の持つ権力・財力・影響力は、非力な者を庇護するために使われるべきで、けして犯罪行為をのさばらせるためのものではない、とは、茶戸本家の何代か前の当主の言、らしい。俺も親父もじーちゃんも、それには全面的に賛成だ。だから、何か犯罪行為が行われ、表にも悪影響が及ぶなら、できうる限り対処するつもりだし、これまでもしてきた。”茶戸家”という一種のブランドに誇りを持ってるから、誰もそれに疑義や苦言を呈することはないしね。
だから、もどきとしかいいようがない三下が表に余計なことをするのは、不可侵の不文律を侵されているようで、ひどく気分が悪いことだ、俺的に。
「……そう、か……。ここが、茶戸家が強いのも……頷ける……。若、助けてくれて……ありがとう……っ!」
俺の言葉に、堪えきれなくなったように嗚咽を漏らす男に、景介と顔を見合わせ、笑いを溢した。始まりは何にしても重要だ。俺らが敵でないと分かってもらえてよかった。