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我が敬愛する若のお役に立てるのならば

景介視点です

「若、ご連絡遅くなりました。今、無事送り届けました。」

『オッケー。ごめんねー、フォロー頼んで。』

「いえ、とんでもございません。若のお役に立てたのなら、喜ばしい限りです。」


彼女と別れ、俺はすぐに物陰に潜み若に報告を入れた。彼女を家まで送り届けるように若から申し付けられていたからだ。まぁ、そうでなくとも机に突っ伏し唸っていたあの姿を見れば、放っておけなかっただろうが。


『ふふっ、こっちは思惑ありだったしね。景介に頼めてよかったよ。どうだった?』

「およそ調査通りかと。」

『ふーん。初音の家があの通りなら……まぁ、問題はないか。明日から1人出そっか。話のネタにするくらい情報集めないとだし。』

「組んでおきます。その他、ご用がございましたら、お申し付けください。」


若からの指示に、すぐに頭の中で人員を精査していく。隠密調査に向いている組員はいただろうか。


『もちろん色々頼むつもりだよ。景介ほど頼りになる存在は俺にはいないからね。でもまぁ……取り急ぎすることはないし、通常業務やっといて。……あそーだ。今日の昼にうちのシマで暴れた奴がいたみたい。いつものとこにいるし、そっちやってもいいよ。』

「本当ですか!それはそれは……愚かなことをしてくれたものです。では、帰宅し次第そちらへ向かってもよろしいでしょうか。」


1ヶ月ぶりの俺だけの専任業務に胸が踊る。少しだけ高ぶった気持ちを、トーンの上がった声で若は察してしまわれたらしい。電話口からクスクスと笑い声が聞こえてくる。

俺が決まり悪く若に返事を促すと、指示が出された。


『や、1回俺の部屋に来てよ。話したいことあるし。』

「かしこまりました。楽しみですね。道具の状態を確認しなければいけません。」

『ほーんと、あんなこと、よく夕飯前にできるよね。茶戸家の拷問係なんて景介にしかできないよ。吐かないの?』

「えぇ。あれは私の数少ない愉しみの1つですから。1度やったら止められません。前任である父にも、太鼓判を押されましたし、天職だと思っております。」


4年前に父の仕事の手伝いとして手を出したそれに、えも言われぬほどの甘美な手応えを感じた。その場にいた父はドン引きしていたが、それ以降、そういったことはすべて俺に一任するようになった。

みな俺の拷問に顔をひきつらせ目を背けるが、そもそも、俺が拷問をかけるのは茶戸家に仇なす者だ。組に不利益をもたらそうと画策する輩に辣腕を振るい組を守るのは、若の右腕たる俺の重要任務だ。……まぁ、趣味、ストレス発散を兼ねているのは否定しないが。

やっていて楽しいのだから、俺の上達目覚ましい拷問技術は、おそらく業界でも右に出るものはいない。当然だ、現代に敏腕拷問師がそう何人もいてたまるか。


『ふーん。景介が好きでやってるのは知ってるしいいんだけど。汚れ仕事だし、無理はしないでね。ただでさえ仕事押し付けてるわけだし。』

「お気遣い、痛み入ります。ですが、仕事はすべて滞りなく片付いておりますし、ご心配なさらず。それに、どんな仕事も、若のお役に立つと思えばこそ。私にとっては、すべて若の御為ですから。」


一手足でしかない俺のことまで気遣ってくれるとは、若はお優しい。そんな若だからこそ、何をしてでも支えようと決めているし、苦でもない。

若への尊敬と敬愛の念を込めてそう伝えると。若は今一つな反応を返してくる。


『はいはい、いつものね。ほんと、酔狂な奴だよ。俺みたいのにそこまで言ってくれるなんてね。じゃ、後は家で。待ってるよ。』

「はい、すぐに参ります。」


若との通話を終え、俺はすぐに若がお待ちする家へ走った。これ以上、組の仕事でお忙しい身である若を俺が無駄にお待たせできるわけがない。少し遠い道のりを、それでも20分ほどで走り抜け、軽く息を整える。

これくらいの距離ならば、日々のトレーニングにもいいかもしれない。あの家の調査員に自分も組み込んでおこうか。


「……ふぅ。ただいま戻りました。」

「お帰り景介。これ、若から。今日の昼の件についての書類だ。」

「ありがとうございます。……なるほど。こいつらがいる部屋に後程向かいます。夕飯まで籠ると、父に伝えておいてください。」

「はいよ。……かわいそーになぁ。お前を相手取ることになるなんて。せめて若のご提案を飲んでくれればいいが。」

「なんであろうと、私のすべきことは変わりませんよ。失礼します。」


玄関で待ち構えていた組員の1人から書類を受け取り、中身を確認する。今日連れてこられた奴等の詳細な情報だ。3人いるらしい。その所属を見て眉を寄せる。面倒なことにならなければいいが。


「若、景介です。今よろしいでしょうか。」

「入ってー。」


若の声に部屋の中に入ると、凄まじい勢いで書類を捌いていた手を止め、こちらへ顔を向けた若が目の前にいる。


「ただいま戻りました。本日のご報告は後程書面にてお渡しします。お話とは?」

「うん。まず今日の。情報は渡ってる?あぁ、それ。とりあえずやってくれていいよ。景介のお楽しみだもんね。でも程々に。取り込むことも視野に入れといて。」

「はい、承知しております。」


若からお許しを得られた。これで心置きなく趣味……いやいや、俺の専任業務に勤しめるというもの。俺は満面の笑みで頷いた。

次の話題に移ると、途端に若の顔は苦り切ったように歪められた。確かに、そのような表情になるのも頷ける、面倒なものだ。


「次は定例会ね。ふん……。今週末に控えてるわけだけど……。どーしようね。内容は入ってる?」

「本家に探りを入れてみたところ、これまでと変わらないようです。我々がまとめた議題を中心に、後継者問題も触れると。」

「オッケー、そうだよねぇ。あー、面倒だなぁ……。行きたくないなぁ。景介だけで行ってきてよ。」

「そんなご無体な。若がいなければ定例会も稀に見る荒れ模様になってしまいます。それに、相手はあの鋼太郎様です。私ごときが鋼太郎様に少しも意見できるわけがないじゃないですか。」


定例会。この世界における、首脳会議のようなものだ。およそ月に1回開かれるこれは、茶戸本家の長、茶戸鋼太郎様ーー若の祖父君にあたる方だーーの主催する報告会で、茶戸の関係者だけでなく、関東一帯の組の代表者が一堂に会し、余分な争いをなくすための、いわば茶戸本家の監視会だ。若の伯父上が早逝される原因となった事件を受け始まったこれでは、いつも鋼太郎様の怒号が飛ぶ。それを宥めるのが我々の主たる役目だ。というのも、その役目が我々にしかできない大きな理由がある。

1つは、直系血族が運営する唯一の組であるということ。我らが親父の他に鋼太郎様のご子息ご息女は存命でなく、血族は親父と若、並びに若の弟妹君のみだ。

そしてもう1つ。鋼太郎様が孫ーー特に次々代にと目されている若のことーーを溺愛なさっていることだ。次々として鋼太郎様御自ら組についてご教育なさったこともあるらしく、鶴の一声ならぬ若の一声で物事が動くことも少なくない。

この世界で圧倒的、絶対的な力を持つ鋼太郎様に、唯一意見できる存在として、若及び茶戸家は畏敬と嫉妬、羨望の的になっている。


「若がいてくださらなければ、あの場は収集がつきませんよ。」

「……それは想像つくけどさ。んー……対策、練らないとねぇ。景介も考えるの手伝ってね。」

「もちろんです。私の浅知恵でよろしければ、いくらでも捧げましょう。」


即答する俺に笑みを溢しながら、若は話を進めていく。若をお支えするためには、もっと精進しなければ。疾走感のある会話に、俺は今一度気合いを入れ直した。

次回から貴斗視点になります

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