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先パイの許せないもの

駿弥視点です

「着いた。ここだね。」

「ここは……廃屋、ですか?」

「そ。ちょっとここで会わなきゃいけない人がいてね。」


着いた場所は、駅南部の住宅街となっている場所の一角だ。もう人は住んでいないように見えるが、周囲はけして澱んだ雰囲気ということはなく、人通りも少なくないように思える。

こんな、普通の場所で待ち合わせ。しかも、これから薬物売買の場に乗り込もうというときに。十中八九、平和な待ち合わせではないだろう。いったいどんな人物と何の用で待ち合わせだろうか。


「駿弥くんはここで待ってて。呼び出し相手が待ってるはずなんだけど、ちょっときな臭いからさ。」

「……危害を加えられそう、ということですか。」

「オブラートに包めばね。景介、行くよ。」


それは、命を狙われてるということだろうか。意味深なことを言った先パイに、背筋に嫌な痺れが走った。

もちろん、俺はこの世界の事情をあまり知らないし、とやかく言える立場ではないことは重々承知の上だが、こういう話もやっぱりあるんだと、信じられない気持ちがする。

先パイたちのこれまでの話から、先パイの家がとても大きな組織であること、穏健な方法でこの世界を渡り歩こうとしていることは分かる。組員の様子からも、待遇だっていいと推察できる。それでも、先パイの家を排除しようとしている勢力は多くいる。それにはやはり、利権や損得勘定が大いに絡んでいるんだろう。善意だけで生きていけたら苦労しない。清濁入り交じった、……汚い面も多分に含んだ世界なんだから。


「お待たせー。」

「お疲れさまです。その……待ち合わせの人は?」

「あぁ。後続の車に積んであるよ。」

「……その、黒だったってことですか?」

「そうだねー。6人がかりで待ち伏せしてきててさぁ。もー困っちゃうよ。」


帰ってきた先パイは、なんでもないことのようにそう言った。

つまり、先パイを狙って襲撃を仕掛けてきていたということだ。多勢に無勢の状況で、先パイを襲ってどうするつもりだったのか。


「こういうことって、よくあるんですか?」

「あるよー。駿弥くんも巻き込まれたあれ。下校中の。あれもよくあることだしね。逆にこっちを懐柔しようとしてくる奴等もいる。スパイもね。うちも各組に入れてるし、うちにもいる。じーちゃん……本家からも入れられてるのは分かってるんだ。」

「情報戦の一環でってことですか。国家間の諜報活動みたいなことしてるんですね。住宅街で待ち合わせたのは、何か意味が?」


この際だ、今のことで疑問に思ったことを聞いてしまおうと、俺は先パイに聞いてみた。

こんな住宅街で襲撃なんて、相手はいったい何を考えてるのか。


「場所は向こうの指定でね。俺らは一般人巻き込まないのを信条にやってるからさ。ここでやれば、派手なことできないと踏んでのことだろうけど。」


先パイはそう言うと、あからさまに嘲笑を浮かべ、馬鹿にしたような口調で言い放った。


「あんな奴等ごとき、派手に立ち回らなくても、楽に制圧できるってのにねぇ。」

「若の素晴らしさも理解できないような下等な愚物どもです。そこまで思考できなくとも、道理かと。」

「あはっ。あーゆー馬鹿には、なりたくないもんだよねぇ。」


初めて見た、先パイと会長の裏の一面とでもいう顔。俺は思わず生唾を飲んだ。

前々から少しずつ見えていた、先パイたちの根本にある考え方。巻き込むべきでない一般人を巻き込む奴を、心底軽蔑しているんだろう。絶対的強者であり、弱者を庇護しているという自負があるからこそ、それを犯す奴を見下してる。

強者の傲慢みたいなものだ。きっと、そこに敵も味方も関係ない。一瞬前には味方でも、一線を越えたら等しく排除されるんだろう。それは、誰を敵に回しても、誰を仲間の内から追い出しても、自分には痛手がないと分かってるからできることだ。


「……。」


俺は何も言えなかった。背筋が意味もなく伸び、全身が張り詰めて空気を探った。

これが、この世界の頂点にいずれ君臨する人間だ。俺とはまったく別の存在。

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