96話 宝石喰らい
「どこに行ったんだ?」
近くに居ることには気がついたのだろう。
いや、確信しているのだろう。
一向にその場から動いてくれない。
だが、やがて諦めたのだろうか? ゆっくりとその場から動いていき……。
「行った?」
ベールはほっとしつつ、リルの腕の中でそう口にする。
しかしリルは辺りを見回す。
あれだけ粘っていた人がその場から簡単に去るとは思えないのだ。
「……ベールそこから動かないでね」
リルはそう呟くと相手が去って行った方とは別の方へと目を向ける。
そちらの方が少し広いのだ。
「トラップアロー……」
スキルを小声で発動させると弓を構えギリギリと弦を引く……。
そして――矢を放つと奥の方で爆発音が聞こえてきた。
リルの罠矢によるトラップが発動したのだ。
それを確認しつつ身を再び物陰へと潜ませると男は警戒しつつもそちらの方へと向かっていく……。
「あの人だ……っ!」
「ベール、ここからまっすぐ走って!!」
リルはそう伝えると男が戻ってくる前にベールの走って行った入り口の前へと立つ。
「リルちゃん!?」
「先に行って……後で追いつくから」
現状最も警戒すべきはベールの装備を失う事だ。
だからこそリルは自分の方が安全だと考え――そして――。
「トリックスター!!」
スキルを発動させる。
彼女がいたその場所には巨大なトカゲのような生物が現れていた。
スキルによる外見変化だ。
攻撃方法は変わってしまうが能力は変わらない。
大きさが違うため動くには多少の慣れが必要ではあったが……。
「なっ!? 宝石喰らい!?」
戻ってきた男はリルを見つけ驚きの声を上げる。
それもそうだろう。
宝石喰らいとは前作でこのダンジョンのボスであり……嫌われ者のモンスターだったのだ。
何故ならその名の通り、宝石を落とすとアイテムをルートそして、倒したとしてもドロップはしないのだ。
その上、倒そうにもその巨体からは想像できないほど機敏に動くらしく回避力が高かった。
つまり、リルが化けるのにはぴったりな魔物だった。
「ク、クソ!! 折角手にいれたアイテムを落とせるかよ!!」
リルを宝石喰らいだと信じているのだろう。
短剣を引き抜いた男は何とか入り口の方へと向かおうとする。
対しリルは時間を稼ぐためにモンスターに成りきり、その巨躯を動かし男へと襲い掛かる。
腕を大きく動かしその爪で攻撃をする。
すると男は慌てて身体をひねり回避を試みる。
運良く攻撃をかわした男ではあった。
しかし、相手はボス……のようなリルだ。
逃げることを考えたのだろう……短剣を構え走り抜けようと試みてきた。
その際に攻撃を繰り出してきたが、リルはそれを避けると体のバランスがうまく取れず体勢を崩してしまう。
しかし、それが幸運だった。
尻尾が偶然男に当たったのだ。
リルの姿かたちは変わっても装備はそのまましているという判定なのだろう。
対人の関係もあり減ったHPまでは分からないが男は入口へとは戻れずに吹き飛ばされていく。
どうやら見た目通りのノックバックが発生したようだ。
『な、なにこれ……姿かたちどころじゃないじゃん』
説明が違う!
リルはそう思ったがこの際好都合なのは間違いない。
彼女はあくまでモンスターらしく男へと近づき再びその腕を振るうのだった。




