76話 飛空艇
「無理無理無理無理無理!」
飛空艇に乗り込もうという時にそう騒ぐのは意外な人物だった。
ぶんぶんぶんと頭を振り駄々をこねるのはカナリアだった。
彼女はどうやら高いところが苦手らしい。
「無理って言ってもカナさんがいないとトートさん倒されちゃうよ?」
ベールは苦笑いをしながらそう指摘するのだが……。
カナリアはリルにしがみつきながら子供の様に頭を横に振る。
「まさかここまで苦手とは……」
確かに以前、彼女から聞いたことはあった。
しかし、ここまでとは思わなかったのだ。
「少し目をつむってれば大丈夫だよ」
「落ちるかもしれないわよ!?」
ゲームなんだからそんなイベントがない限りそれはないよ……。
リルはそう思うが……。
「だ、大丈夫だよ、飛行機とかって世界で一番安全な乗り物なんだよ?」
「一生に3度以上落ちる人だっているのよ!? 孫にやれやれとか言われちゃうのよ!?」
「……それ漫画の話だよね?」
どこかで聞いたような情報だ。
リルはそう思ってカナリアへと指摘をするのだが……。
「ゲームも漫画も同じよ!?」
いや、違うよ……。
一同はそう思ったのだが……。
「もう行くよ?」
リルはこのままでは埒が明かない。
そう思いカナリアへとそう言うとベールとクロネコへと目配せし3人がかりでずるずると引っ張っていく。
「や、やめて! 死ぬわよ! 死んじゃうのよ!? 落ちちゃうでしょ!?」
「はいはい、落ちても死なないから大丈夫だから」
「……いいの、かな?」
トートはそんな彼女達を見ながら少し心配そうに後をついて行く……。
とはいえ、今から断るのも悪いと少し悩んでいる様子だった。
そんな彼へと目を向けたリルは――。
「トートさん、早く!」
「ああ、うん!」
彼が乗って来たのを確認したリルは自身の足へと縋りつくカナリアへと目を向ける。
当然ながらハラスメント警告は出ていないが、彼女は少し疲れたようにため息をつく。
今から他の回復職を連れてくるのでは時間がかかる。
それに加え彼女は凄腕……匹敵する回復薬などいないだろう。
「……気の毒になってきた」
「うん」
だが、無理やり乗せたことは多少なりとも後悔していたリルは彼女を見つめ――。
「目、つむって真ん中に座ってれば大丈夫だと思うよ」
「空に浮いてるのは変わらないのよ?」
がたがたと震えながらそう言う彼女は依然とリルにしがみついたままだ。
「えっと、私景色見てきていい?」
リルがそう言うとこの世の終わりのような顔をしたカナリア。
何故そんな表情をするのか? そう考えていると……。
「見捨てないで!?」
「人聞きが悪いよ!?」
思わず突っ込みを入れてしまうリルだったが、確かにこのまま放っておくのも気になってしまう。
だが、リルは高いところが好きなのだ。
特に景色を見るのが好きだった。
だからこそ――。
「景色、でも……ああ……」
葛藤をしてしまう。
そんな様子を見ていたベールは苦笑いをし……。
「それじゃ交代でカナさんの傍に居よう? それなら大丈夫ですよね?」
ベールはカナリアにそう言うと青い顔をしたカナリアはコクコクと頷く。
どうやらリルじゃなくても傍に誰かがいてくれればいいという事だろう。
「それなら、俺が傍に居るよ」
トートがそう言うと呆れた顔をしたのはクロネコだ。
「いや、うん……私達が交代で変わったほうが良いと思うよ」
「え? なんでだい?」
彼が疑問に思っているとクロネコはため息をつく。
一体どうしたというのだろうか?
「いや、女性に抱きつかれるし……冷静になった時、警告出る可能性だってあるんだよ? それでいいのかい?」
理不尽な話だ。
だが、実際そういうケースもなくはないだろう。
勿論、カナリアがそれをするとは思ってはいないが……。
「ああ……それにそうだね、しがみつくなら女性の方が良いか」
トートはそう言うとあははと乾いた笑いをしながら頭をかくのだった。




