63話 かつての友は……
「ハルちゃんが……邪神のささやき……?」
リルがそう呟くとハルは舌を引っ込め、口角を吊り上げる。
それと同時に剣士は光に包まれ消えていった。
消える間際に何かを言っていたらしいが、それをリルたちが聞くことはなかったのだ。
「……あーあの人BANされちゃったみたいさねー」
くすくすと笑う少女は嘗ての面影はなく……悪人という表現が最も正しいと言える……。
共に遊んだときのあの笑顔は嘘だったのか?
そう思い浮かべてしまうほどには……。
「う、嘘だよね? ハルちゃんがレッドなんて……それにゲン爺も……」
先ほどの口ぶりからもう一人の友人もそちら側だと気づいたリルは恐る恐る尋ねる。
しかし彼女は――。
「ロキの装備……ねぇリル……邪神のささやきにぴったりだと思わない?」
その言葉でリルの希望はあっけなく崩れ去った。
なにせ、神話について教えてくれたのは彼女なのだ。
神話を知らずに人気だからとかつてのゲームをやり、特に何も調べることもなく終えた者もいるだろう。
だが、彼女は違う。
神話をもとに作られていると知り、神々の黄昏をやり始めたのだ。
そして、当時幼かったリルにそれを教えてくれたのだ……。
「…………レッドには入らない」
ストーカーの恐怖より、ショックなことを目の当たりにし、リルはしっかりと答える。
レッドのプレイスタイルを否定するつもりはない。
そう言ったプレイヤーが居た方がゲームが盛り上がることだってある。
しかし、自分がそうなるか? と言われればはっきりとNOと言えたのだ。
例えそれが旧友の誘いだとしても……。
「そっか、じゃぁ競争さね」
「競争?」
何のことを言っているのか……リルは首を傾げると彼女はリルの前へと詰め寄り……。
「どっちが兄さんの首を斬るか……競争」
まるで楽しそうに声を弾ませた彼女は笑い声をあげ、その場から去っていく……。
リルはそんな彼女に対し全く動けなかった。
それもそうだろう。
確かに笑ってはいた。
しかしその手にはしっかりとナイフが握られており、リルの胸へと突きつけられていたのだ。
「…………反応、できなかった」
「そりゃそうだろ……正真正銘のバケモンだよ」
いくらショックを受けていたとはいえ、油断し過ぎた。
リルはそう思い呟くもフィンは仕方がないと言う。
だが、リルはそんな言葉にただただ呆然とするだけだった。
何故なら確かに彼女相手では苦戦をすることはあっても反応しきれないというわけではなかったからだ。
あの手この手でリルを刺激し、意表をついてくる。
今回も同じだ……度合はともかく同じだった。
だというのにリルは全く反応できなかったのだ。
そんな時だ。
がっくりと項垂れる彼女の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。
「リルちゃん、どこー?」
「……ベール」
その声は勿論その場から聞こえた訳ではなく、PTチャットだと気づいたリルはチャンネルを合わせると……。
「ごめん、弟と一緒だった……」
「え? そうだったの……って何かあったの?」
意気消沈しているリルの声を聞き、ベールは心配してくれた。
しかしリルは――。
「大丈夫……」
そう言いながらその顔を床へと向けるのだった。
だが、その瞳からは涙を流し……。
「大丈夫かよ」
「…………」
弟にも心配されリルは首を横に振る。
今まで一度だってこんなことはなかった。
だというのに彼女はリルを傷つける方法を躊躇なく使ってきたのだ。
それは彼女の心を深く傷つけるのだった。




