62話 ストーカーと邪神のうさぎ
「い、嫌だな……何を言ってるんだい?」
剣士はそう言うと一歩近づいてきた。
するとリルは自分では気がつかなかったが微かに瞳が揺れる。
「近づくなって言ってんだよ……」
すぐにそう告げた弟はリルの手を掴んだまま通報へと近づけ、押させる。
すると今度は剣士の方へとウィンドウが現れた。
恐らくは彼に警告が行っているはずだ。
「な、なにを!?」
「その警告の意味、分かるだろ? 分かったらさっさと消えろ……」
アバターの見た目で言えば弟の方がストーカーで襲っているようにも見える。
しかし、リルが危機を感じているのは剣士の方へだ。
見た目はかっこよく、イケメンであることは間違いない。
しかし、そんなことは関係ないのだ。
「いや、君ね……君こそ、彼女の手を離したらどうだい?」
男は一歩後ろへと下がるとウィンドウが消え、フィンに忠告をする。
しかし、フィンは鼻を鳴らし――。
「あ?」
とだけ口にした。
それもそうだろう、リルがまともに動けるならこんなことをしなくても済む。
だが、そうではないから仕方なくこうしているだけなのだ。
「も、もうだいじょうぶだから……」
だからと言ってこの状態は流石に恥ずかしいと感じたリルは弟にそう言うのだが……。
「また近づいてきて押せるのかよ?」
「ぅ……」
それは無理だ。
リルはそう感じつつ、項垂れる。
幾分落ち着いてきたとはいえ、自分が狙われているという事実は思ったよりも恐ろしかった。
だからこそ、この場に彼がいてくれたことはほっとしたのだ。
「いい加減離すんだ! 彼女が嫌がっているだろう?」
だが、剣士はそう言うと周りを見始める。
最初から見ていた人たちは剣士の事を怪しむが、後から入ってきたものは違う。
見た目で判断したのだろう……。
「なんだ? 女の子の手を握って……通報妨害してるのか?」
「うわぁ……アバターでもモテないからってやりすぎ……キモッ」
剣士の思惑通りなのだろう、明らかにフィンを敵視する声が聞こえてくる。
だが――――。
「いや、あの人達さっき見たけど姉弟みたいだよ?」
「は? じゃぁ、剣士の方が? え? どういうこと?」
そんな声も聞こえ……。
辺りにはあっという間に人が集まってしまった。
それに対し、フィンは面倒だなぁという表情を浮かべ……リルはただただ顔を下に向け真赤に染めていく。
この状況で顔なんて上げれなかった。
そんな時だ……。
「うわぁ、このゲームでも直結厨やってるんだねぇ」
やけに間延びをした声が聞こえた。
わざとらしく聞こえるその声にはリルたちは聞き覚えがあったのだ。
「にしても、リアルで嫌われ者のファイス君はアバターは残念でもリアルでイケメンのリルの弟君にどう立ち向かうつもりなのかなー?」
けらけらと笑う声が店の中に響き渡る。
その声の主を探しながらも、剣士からリルを遠ざけるようにすると――。
「ハル……」
彼女の名前を呼ぶ。
すると――。
「はいはい、ここさね……ここ……」
笑みを浮かべた少女はカウンターから顔をひょこりと表すとテーブルの上へと座り込み足を汲んだ。
レア装備なのだろうか? うさ耳を付けた青髪の少女はニタニタと笑い……。
フィンは彼女へと目を向けると――。
「何の用だよ……」
「いやぁーゲン爺からさ……二人を連れこめって言われてうるさいさね、そうしたらあたしも付きまとわれたファイス君にリルが狙われてるんだからね……そうだね、公開処刑ってのはどうかなーって思ったしだいさね」
ニヤリと笑う彼女はとても少女のようには思えず。
心の底に恐ろしい物を隠しているようにも見えた。
「……ハ、ハルちゃん?」
昔と雰囲気が違う。
そう思ったリルは彼女の名を呼ぶのだが――それに反応を示さない彼女は――。
「はーいご注目、リアル写真はあたしが危ないからね。彼のワンワードの一部をスクショしたさね!」
そう言って彼女はインベントリから紙を取り出しそれを辺りにばらまく。
そこに書かれているのは女性に付きまとう男の証拠写真の数々だ。
そして、愚かなことにそこには彼のゲーム内のスクショも含まれていた。
つまり犯人は明白だったという事だ……。
「な、なんで……!!」
「鍵をかけてたって見る手段はあるって事さね! ほらほら、特に女の子は気を付けるさね、アバターがイケメンで騙されるなんて愚かなことをしないようにね!」
リルの前にもその写真は舞い降り、その一文を見る。
するとそこにはリルの事が書かれており……。
『リルちゃんはどうやら学生らしい……リアルでも可愛いだろうなぁJK彼女とか最高じゃないか、今日は一緒にデザートを食べたけど途中で恥ずかしくなったのか帰っちゃった素直じゃないのも可愛いなぁ』
「ひっ!?」
思わず声を漏らすリル。
今までそんな声を漏らしたのは夜に殆どの人間が嫌うであろう黒い虫が出てきた時ぐらいだ。
「ハル! 止めろ!!」
その声を聞き声を上げたのはフィンだった。
彼はリルからその写真を取り上げ、握りつぶすと――。
「リルを怯えさせて楽しいかよ!!」
「あはっ! ばれた?」
彼女の目的は剣士ファイスへの私刑だけではなかったのだ。
どういうことか? リルは疑問に思いつつハルへと目を向ける。
確かに昔から彼女にはからかわれていた。
しかし、一度だって本当に嫌なことはされた覚えがなかったのだ……。
「お前、変わったな……”邪神”に入ってからやりたい放題じゃないか……」
「邪神……邪神って……」
リルは初日に聞いたそのギルドの名を呟き、ハルへと目を向ける。
すると彼女は目を細め――舌を出すと妖艶な笑みを浮かべるのだった。




