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58話 忠告

 その日は町に戻った後、リルたちは別れを告げ現実へと戻る。

 そして、VRギアを外したリル……いや冬乃は一つ溜息をつくと時計を確認した。


「もう5時か……つ、疲れたぁ……」


 ゲームをやっている最中でも感じる疲労。

 だが、それは現実へと戻るとより一層強く感じた。


「ご飯食べて、お風呂入ったら寝よう……」


 リルはそうつぶやき小さく欠伸をする。

 するとノックの音が響き……。


「だれ?」


 と言ってもここに来るのは家族だけだ。

 そして律義にノックをしてくるのは一人ぐらいだった。


「入るぞ」

「入って良いなんて言ってないけど?」


 姿を現したのは弟である秋也だ。


「なに……ご飯なら」


 特に注文はないよ。

 そう伝えようとしたところで秋也は首を横に振る。

 どうしたのだろうか?

 そう思い冬乃が訝しげな表情を浮かべると……。


「姉ちゃん、あの剣士に気を付けたほうが良い」

「……剣士?」


 剣士に知り合いなんていたっけ?

 そう思いつつ考えてみると確かに一人剣士の知り合いがいた。

 名前は教えてもらったかそれとも知らないか覚えてはいないが……。


「あの人が何?」


 正直、好感は持てないといったほうが良いだろう。

 だからこそ冬乃は気を付けたほうが良いという話を聞く気になったのだ。

 普段なら例えネットゲームの中の知り合いでも悪い話は聞きたくない。

 そう思うのに、だ……。


「早い話直結厨(ちょっけつちゅう)らしい……」


 弟の言葉に冬乃は思いっきり嫌な表情を浮かべた。


「うえぇぇ……」

「変な声出すなよ……とにかく、噂だけど火のないところにって話もあるだろ?」

「……そうだね、分かったよ」


 確かにそういう噂が出来るぐらいにはしつこいのだろう。

 冬乃はそう思いつつため息をつくのだった……。


「それで、今日はもうつながない方がいい、姉ちゃんたちが落ちた場所を陰で見てたらしいぞ」

「……へぇ」


 秋也の言葉に冬乃は意外そうな表情を浮かべた。

 そして、にやりと笑みを浮かべると――。


「お姉ちゃんを心配してくれるんだ?」

「……あのな、仲間が教えてくれただけだ」


 本当かなー? と告げると秋也はうんざりしたような表情で――。


「今日は飯抜きで良いか?」

「それだけは勘弁して?」


 胃袋を人質にとるなんてひどい……。

 そう言おうと思ったが、下手に逆らっても本当にご飯抜きになるだけだ。

 素直にそう言うしかなく……。


「……変なこと言うなよ」


 彼はそれだけを言って去っていく……。

 暫くしてから冬乃はため息をつき。


「本当素直じゃ無いなぁ……」


 昔はもっとかわいかった。

 そう思いながらも食事をとるためにリビングへと向かうのだった。




 翌日、リルとしてログインした彼女は辺りを警戒する。

 昨日弟に警戒するようにと告げられたからだ。

 これまで色んなゲームをやったことがあるがやめた原因の中にはストーカーをされたという事はなかった。

 目を付けられる前にゲームをやめていたという事もあったからだろう。

 しかし、そのしつこさは噂に聞いたことがあった。

 女性プレイヤーだと知るや否やアピールをしてくるのだ。


 しかもVRゲームはその特性上性別を偽ることはできない。

 そのため、狙われやすいとも聞いたことがあった。


「……まさか、自分がそうなるなんて」


 リルはそうつぶやきながらも辺りには彼がいないことにほっとするのだった。

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